幕末というと、坂本龍馬、西郷隆盛、近藤勇、土方歳三のような男性たちを思い浮かべる人が多いかもしれません。しかし、その激動の時代に、剣を取り、男装して浪士組・新徴組に関わったと伝えられる女性がいます。
その名が、中沢琴です。
中沢琴は、上野国、現在の群馬県沼田市利根町穴原の出身とされる女剣士です。生年は天保10年、1839年頃、没年は昭和2年、1927年とされています。つまり、幕末から明治・大正を経て、昭和の始まりまで生きた人物ということになります。時代の変化が激しすぎる人生ですね。
ただし、最初に注意しておきたい点があります。
中沢琴は、資料が豊富な人物ではありません。現在知られる逸話の多くは、レファレンス協同データベースで紹介されている群馬県の郷土資料・地方誌・新聞記事、また後世の紹介記事を通じて伝わっているようです。ただし、本記事作成時点では『群馬風土記』『上州路』『上毛新聞』の該当本文は未確認です。そのため本記事では、断定を避けながら、確認できる範囲で彼女の生涯をたどります。
法神流の家に生まれた女剣士
中沢琴の父は中沢孫右衛門とされ、法神流の道場を構えていた人物と紹介されています。兄は中沢貞祇です。琴は幼いころから剣術を学んだと伝えられています。女性が武芸を学ぶこと自体は武家社会にありましたが、中沢琴の場合は、単なる護身やたしなみではなく、本格的な剣士として語られている点が特徴です。
後世の紹介では、琴は長身で美貌の持ち主だったともいわれます。男装すれば男性に見間違えられるほどだった、という逸話もあります。ただし、このあたりはかなり伝説的な色合いもあります。なので「実際にそうだった」と断定するより、「そのように語られるほど印象的な人物として記憶された」と見る方が安全でしょう。

兄とともに浪士組へ
文久3年、1863年、将軍徳川家茂の上洛に関わって浪士組が結成されます。浪士組といえば、後の新選組につながる組織として有名です。近藤勇や土方歳三らもこの流れの中にいました。
中沢琴は、兄の中沢貞祇とともにこの浪士組へ参加したと伝えられています。しかも、男装して参加したとされます。
女性が幕末の武装組織に加わるだけでも珍しいのに、男装して参加したという話はかなり強烈です。もう設定だけで漫画の主人公みたいです。ただし、ここも「男装していたと伝えられる」という書き方が安全です。中沢琴は、史実と伝説の境界にいる人物だからです。
新選組ではなく新徴組
ここで大事なのは、中沢琴は「新選組の女性隊士」ではないという点です。
浪士組はその後分裂し、京都に残った近藤勇・土方歳三らのグループは新選組につながりました。一方、江戸へ戻った者たちは新徴組として活動します。中沢琴と兄・貞祇は、この新徴組側に関わったとされています。
新徴組は、江戸市中の警備などを担った幕府側の組織です。新選組ほど知名度は高くありませんが、幕末の江戸を考えるうえでは重要な存在でした。つまり琴は、京都の新選組ではなく、江戸を中心に活動したもう一つの幕府側組織に関わった女性剣士だったのです。
戊辰戦争と中沢琴の逸話
中沢琴については、毛利屋敷襲撃や薩摩藩邸焼き打ち、さらに戊辰戦争での戦いに関わったと紹介されることがあります。また、敵に囲まれながら刀で突破したというような勇ましい逸話も語られています。
「自分より強い者と結婚する」という伝説
中沢琴には、「自分より強い者でなければ結婚しない」と語ったという有名な逸話があります。そして生涯独身だったとも伝えられます。この話は、いかにも中沢琴らしい逸話として人気があります。
剣に生きた女性。誇り高く、自分の生き方を曲げなかった人物。そんなイメージとよく結びつく話です。
ただし、これも本人の言葉として確実に確認できるかは慎重に見る必要があります。とはいえ、この逸話が後世に残ったこと自体、中沢琴が「強く、気高い女性」として記憶されてきたことを示しているのかもしれません。
まとめ
中沢琴は、現在の群馬県沼田市利根町穴原出身とされる幕末の女剣士です。
法神流の家に生まれ、兄・中沢貞祇とともに浪士組・新徴組に関わった人物として伝えられています。男装して参加したという話、美貌と長身の逸話、自分より強い者としか結婚しないという伝説など、非常に印象的なエピソードが残ります。ただし、同時代の一次資料が豊富に確認できる人物ではありません。現在知られる情報の多くは、郷土資料・地方誌・新聞記事・後世の紹介記事を通じて伝わっているようです。
だからこそ、中沢琴を語るときは、「確認できること」と「伝えられていること」を分けて見る必要があります。資料が少ないから魅力がないわけではありません。むしろ中沢琴は、幕末の動乱の中で、女性がどのように記憶され、語り継がれてきたのかを考えるうえで、とても興味深い人物です。
史実と伝説の境界に立つ、上州の女剣士。それが中沢琴なのかもしれません。
参考資料・出典
- レファレンス協同データベース「中沢琴について」
- Wikipedia「中沢琴」
