16世紀後半、世界最強クラスの海軍を誇ったスペイン。
そのスペインが「イングランドなんて一気に制圧してやるぜ!」と送り出した巨大艦隊――それが**スペインのアルマダ(無敵艦隊)**です。
しかし結果は、歴史でも有名なレベルの大敗北。
「“無敵艦隊”って自称だったのに負けるの、だいぶ気まずい」
今回は、そんなアルマダ遠征の流れと敗因をわかりやすく解説していきます。
なぜスペインはイングランドを攻めたのか?

当時のスペイン王は、超大国の王として有名な
フェリペ2世。
スペインは南米から大量の銀を運び込み、ヨーロッパ最強国家として君臨していました。
一方、イングランドでは
エリザベス1世
が統治しており、スペインとは宗教対立や海賊問題でバチバチ状態。
特にイングランドの私掠船(半分海賊みたいなもの)がスペイン船を襲いまくっていました。
その代表格が
フランシス・ドレーク。
「国家公認海賊って肩書き興奮するが冷静に考えてもかなりかっこいい」
さらにエリザベス1世は、スペイン支配下のネーデルラント反乱軍を支援。
フェリペ2世はついにブチ切れます。
アルマダ出撃!
1588年、スペインは約130隻もの大艦隊を編成。
兵士や船員は3万人規模ともいわれます。
この大遠征軍が「アルマダ」です。
目的は、
- イングランド海軍を倒す
- ネーデルラントのスペイン軍と合流
- イングランドへ上陸する
という壮大な計画でした。
「計画書の数字だけ見るとめちゃくちゃ強そう」
しかしここで問題発生。
本来指揮を執る予定だった名将が出発前に病死。
代わりに任命されたのが
メディナ・シドニア公。
彼は有能な貴族ではありましたが、海戦経験がほぼありませんでした。
しかも本人は王に対し、
「自分は船酔いするし海戦向いてません」
と訴えていました。
「そんな人を総司令官にするな」

イングランド海軍との激突
イングランド側は、小回りの利く高速艦を多数運用。
さらに長距離砲撃戦を得意としていました。
対するスペイン艦隊は、接近して白兵戦に持ち込むスタイル。
しかしイングランド艦隊は距離を取りつつ砲撃を連発。
スペイン側はなかなか捕まえられません。
「FPSでショットガン持った人が延々スナイパーに撃たれてる感じ」
ボクシングのヒットアンドうえーい!!ですね
決定打 ― 火船作戦
戦いの中でイングランド軍は、燃える船をスペイン艦隊へ突っ込ませる“火船作戦”を実行。
夜の海に炎上船が迫る恐怖で、スペイン艦隊は大混乱。
隊形が崩れたところを攻撃され、大打撃を受けます。
特に有名なのがグラヴリーヌの海戦です。
「パニック映画みたいな状況になってる」
最大の敵は“天候”だった
敗北したアルマダは、イングランド海峡を撤退。
しかし帰路でさらなる悲劇が待っていました。
北海・アイルランド周辺で暴風雨に直撃。
多くの船が難破し、兵士たちは海へ消えていきました。
このため後世では、
「神が息を吹き、彼らは散った」
とも語られています。
「ヨーロッパ式神風ですね」

アルマダ敗北の影響
アルマダ敗北は、スペイン没落の始まりとして語られることがあります。
もちろんスペインはその後もしばらく超大国でしたが、
- 海上覇権の揺らぎ
- イングランド海軍の名声上昇
- “スペイン無敵神話”の崩壊
など、大きな影響を与えました。
そして後の
イギリス
による海洋帝国化にもつながっていきます。
まとめ
スペインのアルマダは、
- 超大国スペインが送った巨大艦隊
- イングランド侵攻を目的としていた
- 戦術・指揮・天候が重なり大敗北した
という歴史的大事件でした。
そして何より印象的なのは、
「“無敵艦隊”なのに負けるって言うのが強烈にかわいそう、お相手の君主女性というインパクトもありますしこれは延々語り継がれるよね」
という点かもしれません。
出典
- Geoffrey Parker, The Grand Strategy of Philip II
- Garrett Mattingly, The Armada
- Peter Padfield, Armada: A Celebration of the Four Hundredth Anniversary of the Defeat of the Spanish Armada
- 『世界歴史大系 スペイン史』山川出版社
- 『イギリス史』山川出版社

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