はじめに
1932年、オーストラリアで信じがたい事件が起きました。
その名も――エミュー戦争。
名前だけ聞くと冗談のようですが、これは完全な創作ではありません。西オーストラリアで大量のエミューが農地へ入り込み、作物やフェンスに被害を与えたため、実際に軍隊が出動し、機関銃まで使用されました。
「人類、ついに鳥類と開戦」
しかも当時の新聞では、この出来事がまるで本物の戦争のような文体で風刺されています。1932年11月9日、オーストラリア・西オーストラリア州パースの新聞『The Daily News』は、「The Emu War」という記事で、この事件を半ば戦争報道のように扱いました。
一方、1932年11月19日、メルボルンの新聞『The Argus』では、国防大臣サー・ジョージ・ピアースが議会で「エミュー戦争」への軍隊投入と機関銃使用を擁護したことが報じられています。
今回は当時のオーストラリアの新聞記事をもとにエミュー戦争を見ていきます。

そもそもエミューとは?
エミューはオーストラリアに生息する大型の飛べない鳥です。
エミューはオーストラリアの飛べない鳥で、現生鳥類の中ではダチョウに次ぐ大型種とされています。身長は1.5メートルを超え、体重は45キログラムを超えることもあります。また、走る速度は時速約50キロメートル近くに達すると説明されています。
つまり相手はただの鳥ではありません。
- 大きい。
- 速い。
- 群れで動く。
- オーストラリアの環境に適応している。
というかなり厄介な存在だったのです。
「鳥だから楽勝だろ」と思ったら普通に逃げ足が速すぎるタイプの敵でした。
なぜエミュー戦争が起きたのか?
エミュー戦争の背景には農業被害がありました。当時西オーストラリアでは農地開拓が進められていました。しかし、そこへ大量のエミューが現れます。
『The Argus』1932年11月19日掲載の「“EMU WAR” DEFENDED.」では、内陸部の干ばつによって、エミューたちが何千羽も入植地へ下りてきたと説明されています。
そして問題は、エミューが小麦を食べるだけではありませんでした。同記事によればエミューたちはフェンスに隙間を作りその隙間からウサギも入り込んだとされています。
つまり農家から見れば
- エミューが作物を荒らす
- フェンスを壊す
- そこからウサギまで入ってくる
という二重被害だったわけです。
「エミュー単独犯ではなくウサギの侵入口まで作っていた」
もちろんエミューに悪意があったわけではありません。しかし農家にとっては深刻な問題でした。
軍隊、出動
農家からの訴えを受け政府は軍の投入に踏み切ります。
ここで登場するのが機関銃です。鳥を追い払うために軍隊。しかも機関銃。
現代人の感覚ではかなり大げさに見えます。しかし当時の新聞記事を見ると政府側はこれを単なる笑い話とは考えていなかったことが分かります。実際、議会ではこの作戦が問題にされました。
『The Argus』1932年11月19日掲載の「“EMU WAR” DEFENDED.」では、国防大臣サー・ジョージ・ピアースが、上院で西オーストラリアにおける「エミュー戦争」への軍隊投入と機関銃使用を擁護したと報じています。
つまりエミュー戦争は後世のネットミームだけではなく当時から政治的に説明を求められる出来事だったのです。
国防大臣はどう弁明したのか?
『The Argus』の記事によれば、上院でガスリー議員が質問しました。
内容は、エミューをもっと人道的な方法で殺すことはできなかったのか、というものです。
これに対し、国防大臣ジョージ・ピアースは、エミューが多数いる土地に詳しくない者には、あの鳥たちがどれほどの被害を与えるか理解できない、と答えました。
さらに記事では、報告では機関銃で殺された鳥がごく少数に見えていたため、国防大臣が作戦中止を指示したことも述べられています。
しかし後になって、実際には数百羽のエミューが殺されていたと知り、再度の陳情を受けて軍の部隊が戻ることになった、と報じられています。
ここから分かるのは、政府側も最初から完全に強気だったわけではないということです。
作戦の効果
世論の反応
農家からの再要請
費用や政治的批判
こうした要素の中で揺れていた可能性があります。
新聞はエミュー戦争をどう風刺したのか?
この事件が面白いのは、当時の新聞がすでにかなり強烈な風刺をしている点です。
1932年11月9日、西オーストラリア州パースの『The Daily News』に掲載された「The Emu War」では、エミューとの戦いをまるで人間同士の戦争のように書いています。
たとえば、軍事作戦が急に中止されたことについて、記事は「キャンピオン戦線は静かになっている」と表現しています。
さらに、政治家たちが「また別の長い戦争」に引きずり込まれることを避けたらしい、と書いています。
そして極めつけがこれです。
和平条約は結ばれていない。
エミューは係争地をなお占有している。
通常戦のあとにはゲリラ戦が続くかもしれない。
完全に戦争報道の文体です。
「相手、鳥だぞ」
しかし、この風刺が成立するということは、当時の人々もこの事件をかなり奇妙なものとして受け止めていたのでしょう。
エミュー側の“司令官”?
『The Daily News』の風刺はさらに続きます。
記事では、エミュー側の司令官が今後の計画について沈黙を守っている、という表現まで出てきます。
もちろん、実際にエミューに司令官がいたわけではありません。これは新聞のユーモアです。
しかし同時に、エミューたちが人間側の思い通りに動かなかったことを示す表現でもあります。
エミューは密集して整列してくれるわけではありません。危険を感じれば逃げ、群れは分散します。しかも足が速い。人間側が「機関銃で撃てば終わる」と考えていたなら、その想定はかなり甘かったことになります。
「相手が軍隊式に並んでくれないと、機関銃も意外と困る」
このあたりが、エミュー戦争が今でも語られる理由でしょう。

エミュー戦争は本当に“敗北”だったのか?
ネット上ではよく、
「人類はエミューに負けた」
「エミューは人類に勝利した」
「オーストラリア軍、鳥に敗北」
のように語られます。
ただし、史料に即して言うなら、ここは少し注意が必要です。
『The Daily News』の記事では、作戦が中止されたこと、エミューがなお係争地を占有していること、今後ゲリラ戦が続くかもしれないことが風刺的に書かれています。
これは「人類側の完全勝利ではなかった」という印象を強く与えます。
一方で、『The Argus』の記事では国防大臣が「実際には数百羽のエミューが殺されていた」と説明しています。つまり、軍事作戦によってエミューがまったく被害を受けなかったわけではありません。
したがって、正確に言うなら、
軍はエミューの完全制圧に成功しなかった
作戦は政治的・費用的にも批判や風刺の対象になった
しかしエミューが無傷だったわけでもない
という整理が妥当でしょう。
「エミュー完全勝利!」と言い切ると少し盛りすぎですが、「人間側が期待したほど簡単にはいかなかった」というのは新聞記事から十分に読み取れます。
この事件が面白い理由
エミュー戦争が今でも有名なのは、単に「鳥と戦争したから」ではありません。
面白いのは、実際にはかなり現実的な問題が背景にあったことです。
- 農作物被害
- 干ばつ
- 入植地の拡大
- フェンス破壊
- ウサギ被害
- 政府の対応
- 軍の出動
- 議会での追及
こうして見ると、エミュー戦争はただの珍事件ではありません。
人間が自然環境を農地に変えていく中で、野生動物との衝突が起きた事件でもあります。
エミューは人間の敵国ではありません。彼らはただ、生きるために移動していただけでしょう。しかし人間側から見ると、それは農地を荒らす深刻な脅威になった。
このズレが、エミュー戦争の本質なのかもしれません。
まとめ
エミュー戦争とは、1932年に西オーストラリアで起きた、農業被害対策として軍がエミュー駆除に投入された事件です。
当時の新聞記事を見ると、この事件は単なる後世のネタではありません。
1932年11月19日の『The Argus』では、国防大臣ジョージ・ピアースが軍隊と機関銃の使用を擁護したことが報じられています。
また、1932年11月9日の『The Daily News』では、「和平条約は結ばれていない」「エミューは係争地をなお占有している」といった戦争報道風の風刺まで行われていました。
ただし、史料に即して見るなら、「エミューが完全勝利した」と断定するよりも、「人間側の軍事作戦は期待通りには進まず、政治的にも風刺の対象になった」と見る方が正確でしょう。
エミュー戦争は笑える珍事件であると同時に、農業開拓と野生動物の衝突、そして政府対応の難しさを示す事件でもありました。
人類が鳥に負けた――というより、自然を相手に人間の都合だけではうまくいかないことを示した事件だったのかもしれません。
「エミュー、ただ走っていただけなのに歴史に名を残す」
参考資料・出典
- The Daily News, Perth, Western Australia, 9 November 1932, p.7, “The Emu War.”Trove, National Library of Australia.
- The Argus, Melbourne, Victoria, 19 November 1932, p.22, “EMU WAR” DEFENDED.Trove, National Library of Australia.
- Encyclopaedia Britannica, “Emu.”
