ジョン・ホーキンス船長

イラストはイメージですふざけましたすみません。
さて16世紀イングランドを語る際、多くの人はフランシス・ドレークの名前を思い浮かべるでしょう。しかし、そのドレークに大きな影響を与えた人物がいました。それがジョン・ホーキンスです。彼は私掠船船長(例えるなら王下七武海)であり、海軍改革者であり、そして奴隷貿易にも深く関わった人物でした。
今回はジョン・ホーキンスの生涯や功績、そして現代での評価について解説します。
ジョン・ホーキンスの概要
ジョン・ホーキンス(1532年頃~1595年)はエリザベス1世時代のイングランドで活躍した航海者・海軍指揮官です。イングランド南西部のプリマスで生まれ海運業を営む家系で育ちました。若い頃から海に親しみ、後に大西洋やカリブ海で活動するようになります。またあのゾオン系悪魔の実の能力者(嘘です)フランシス・ドレークの従兄でもありました。歴史好きからすると“ドレークの親戚”の時点でだいぶ強そうですよね
しかし実際には、ドレーク以上にイングランド海軍へ与えた影響は大きかったとも言われています。
ドレークの師匠だった
ホーキンスは若いフランシス・ドレークを航海へ連れ出し、実戦経験を積ませました。そのため
ドレーク=弟子
ホーキンス=師匠
のような関係で語られることがあります。後にドレークが世界一周を達成し英雄となりますが、その基礎を作った人物の一人がホーキンスだったのです。
私掠船船長としての活動
当時のイングランドはスペインと激しく対立していました。そこで活躍したのが私掠船です。私掠船とは、国家から許可を受けて敵国の船を襲撃する民間船のことです。現代なら海賊ですが、当時は国家公認の存在でした。ホーキンスもスペイン勢力に対して活動し、イングランドの利益拡大に貢献しました。ただしスペイン側から見れば完全に海賊です。立場が変わると英雄も海賊になるのです。

奴隷貿易との関わり
ホーキンスを語る上で避けられないのが奴隷貿易です。彼は1560年代にアフリカから人々を連行し、スペイン植民地へ売る航海を行いました。これはイングランドによる大西洋奴隷貿易の初期段階として知られています。当時は利益を生む事業として扱われていましたが、現代では当然ながら強く批判されています。
そのためホーキンスは
- 優秀な航海者
- 海軍改革者
として評価される一方で、
- 奴隷貿易推進者
という負の側面も持っています。英雄だけで終わらないのが歴史の面白いところです。ただ現代の価値観で昔を評価しようというのも難しい話しだと思われますが。
スペインとの因縁
1568年、サン・フアン・デ・ウルアでホーキンス船団はスペイン軍に攻撃されました。この戦いで多くの船を失い辛くも脱出します。この出来事はドレークにも大きな影響を与えました。後にドレークがスペインに激しい敵意を持つようになった背景の一つとも言われています。
ホーキンス最大の功績は海軍改革
個人的にホーキンス最大の功績はこちらだと思います。
1578年、ジョン・ホーキンスは海軍財務長官に就任しました。ここで彼はイングランド海軍の運用と整備に深く関わります。よく歴史では戦場で派手に戦った人物が注目されます。
- フランシス・ドレークなら世界一周。
- マーティン・フロビッシャーなら北西航路探検とアルマダ戦。
- エリザベス1世なら女王としての決断。
ではホーキンスは何がすごかったのか。それは海軍を戦える組織に整える力です。戦場の主人公ではなく戦場に主人公を送り込む側の男ですね。ホーキンスは軍艦の設計改善、補給、財政、船員の管理などに関わりました。当時の海軍にとって、これはめちゃくちゃ重要です。
- どれだけ勇敢な船長がいても、船が壊れていたら戦えません。
- どれだけ強い大砲があっても、火薬がなければ撃てません。
- どれだけ優秀な水夫がいても、食糧とビールがなければ長く海に出られません。
「結局、海軍も飯と修理と金で動いているわけですから。このホーキンスの実務能力は1588年のスペイン無敵艦隊アルマダ戦でもよく見えます。Navy Records Society『The Defeat of the Spanish Armada』には、1588年8月8日付で、ホーキンスが海軍卿へ送った書状が収められています。そこではホーキンスが Hope 号のマストや索具を修理するためにハリッジへ入ったこと船から大砲やバラストを下ろして修理しようとしていたことが記されています。さらに彼は食糧を積んだ小型船を送りビールとパンを追加で運ばせるよう手配しています。
つまりホーキンスは、アルマダ戦の中で単に「戦った人」ではありません。損傷した船を直し食糧を集め必要なら艦隊へ補給を届ける。そうした海軍運用の現場を支えていたのです。ドレークが剣ならホーキンスは整備班と経理と補給部隊を全部まとめた人って感じです。こういう裏方の力があったからこそイングランド艦隊は長く戦うことができました。彼は派手な英雄ではないかもしれません。しかし海軍という巨大組織を動かすうえでホーキンスはかなり重要な人物だったのです。。
アルマダ海戦での活躍
1588年スペイン無敵艦隊アルマダがイングランドへ侵攻します。この戦いでホーキンスはフランシス・ドレークやマーティン・フロビッシャーらとともにイングランド艦隊の重要人物として参加しました。ただし、ホーキンスの強みは「俺が突撃するぜ!」というタイプの派手さだけではありません。彼の強さはむしろ艦隊を戦える状態に保つ実務能力にありました。海戦はロマンだけど現場は修理と補給でできています。
Navy Records Society『The Defeat of the Spanish Armada』に収められた8月8日のホーキンス書状では彼がハリッジに入りHope 号のマストや索具を整えようとしていたことが分かります。さらに同書状では Bear 号に漏水があったことElizabeth Jonas と Triumph が嵐によって大きく損傷したことも述べられています。つまり、アルマダ戦後のイングランド艦隊は、勝ったからといって無傷だったわけではありません。
- 船は壊れる。
- 漏水する。
- 嵐で散り散りになる。
- 食糧も足りない。
- ビールとパンも必要になる。
勝利後の艦隊だけど普通にボロボロ状態。その中でホーキンスは食糧を積んだ小船を送り、さらにビールとパンを追加で運ぶよう手配しました。この記録はホーキンスの人物像をかなりよく表しています。彼は単なる私掠船長ではありません。戦いの後に何が必要になるかを理解している現場型の海軍実務家でした。
またアルマダ戦そのものを見ても、イングランド側は決して楽勝ではありませんでした。ハワードは別の書状でスペイン艦隊について「世界は彼らほどの戦力を見たことがない」とまで述べています。さらに食糧と弾薬が届かなければ「我々は飢えることになる」とも書いています。アルマダ戦はイングランドが余裕でスペインを倒した戦いではありません。
巨大なスペイン艦隊を相手にイングランド側も損傷・補給不足・悪天候と戦っていたのです。その中でホーキンスは艦隊の維持と補給に関わりました。ドレークが敵を追いフロビッシャーが前線で戦うなら、ホーキンスはその背後で、船を直し、食糧を回し、海軍を動かす側にいた。これこそ彼が「イングランド海軍の改革者」と呼ばれる理由の一つでしょう。
ホーキンスは“海軍の現場監督”だった
アルマダ戦の記録を見るとホーキンスの役割はかなり実務的です。
Navy Records Society『The Defeat of the Spanish Armada』に収められた1588年8月8日の書状では、ホーキンスがハリッジで Hope 号の修理を進め船から大砲やバラストを下ろして整備しようとしていたことが分かります。また食糧を積んだ小船を送りビールとパンを追加で運ばせるよう手配していました。これはかなりホーキンスらしい場面です。派手に敵船へ突撃するだけが海戦ではありません。
- 壊れた船を直す。
- 漏水を確認する。
- 食糧を送る。
- ビールとパンを確保する。
- 次の戦闘に備える。
こうした地味な作業がなければ艦隊は戦えません。ホーキンスは、まさにその重要性を分かっていた人物でした。
ホーキンスから学べること
1. 裏方の重要性
歴史では敵を倒した船長や派手な作戦を成功させた人物が目立ちます。しかしアルマダ戦の記録を見ると勝利の裏には補給・修理・船員管理があります。ホーキンスは、まさにこの裏方を支えた人物でした。
1588年8月8日の書状では損傷した Hope 号の修理、Bear 号の漏水、Elizabeth Jonas と Triumph の損傷、さらに食糧・ビール・パンの補給が問題になっています。イングランド艦隊は勝った後も、船を直し、食糧を補い、再び戦える状態を保たなければならなかったのです。
勝利の後に待っているのが修理と補給と請求書(笑)
この地味な仕事を軽視しないことこそ、ホーキンスの重要性だと思いますります。
2. 技術改革が国を変える
ホーキンスは軍艦設計を改善しました。結果としてイングランド海軍は強化されます。戦争は兵士だけでなく技術力でも決まることを示しています。
3. 歴史人物は善悪だけで語れない
ホーキンスには功績があります。しかし奴隷貿易にも関わりました。歴史人物は単純な善人・悪人ではなく、多面的に見る必要があることを教えてくれます。そもそも当時の価値観と今の価値観では善悪の基準や区別も違うでしょう。深く考察するいい題材にもなるかと思います。


まとめ
ジョン・ホーキンスは
- 私掠船船長
- 海軍改革者
- ドレークの師匠
- 奴隷貿易の推進者
という複雑な人物でした。フランシス・ドレークほど知名度は高くありませんが、イングランド海軍の発展に与えた影響は非常に大きかったと言えます。もしドレークが前線の英雄ならホーキンスはその後ろで海軍を支えた戦略家だったのかもしれません。
派手さでは負けても、歴史への影響力はかなり大きい人物です
参考資料・出典
- Encyclopaedia Britannica“Sir John Hawkins”
- Encyclopaedia Britannica “Slave Trade”
- Navy Records Society, The Defeat of the Spanish Armada, Vol. II, 1894.
- Encyclopaedia Britannica “Spanish Armada”


