巨大海蛇!
海には昔からさまざまな怪物がいると信じられてきました。クラーケン、巨大魚、船を沈める鯨、そして長大な体を持つ海蛇いわゆるシーサーペントです。
現代の感覚では「海蛇の怪物? さすがに伝説でしょ」と思ってしまいます。ですが近世ヨーロッパの人々にとって北の海はまだ未知の世界でした。ノルウェー、アイスランド、北海、バルト海周辺は漁業や交易の場であると同時に奇怪な生き物が潜む場所として語られていたのです。
参考にするのは16世紀の聖職者・地理学者オラウス・マグヌスの著作に見られる北方の海怪物記述です。その中でも特に重要なのが「ノルウェーの蛇その他の巨大さについて」という章です。ここには現在のシーサーペント伝承にかなり近い「ノルウェー沿岸の巨大な海蛇」が登場します。

・画像は当時描かれた海図(オラウス・マグヌス『カルタ・マリナ』)
16世紀の北方誌に現れる巨大海蛇
オラウス・マグヌスは『北方民族文化誌』第21巻第43章「ノルウェーの蛇およびその他の蛇の巨大さについて」でベルゲン沿岸に現れる巨大蛇を紹介しています。ただしオラウス自身がこの蛇を目撃したとは書かれていません。彼はノルウェー沿岸で航海、商業、漁業に従事する人々が一致して語っている話として記録しています。
その蛇は長さ二百フィート以上、太さ二十フィートとされベルゲンの海岸近くにある岩場や洞窟に棲んでいました。夏の明るい夜にだけ洞窟から出て子牛、子羊、豚を食べるとされています。またタコ、ロブスター類、海のカニを呑み込むために海を渡ったとも書かれています。
つまりオラウスの巨大蛇は常に海中を泳いでいる純粋な海蛇ではありません。海岸の洞窟に棲み陸と海を行き来する怪物だったのです。姿もかなり異様です。首から一キュビットほどの長い毛を垂らし鋭い鱗と黒い体色を持ち目は炎のように赤く輝いていました。さらに船を襲い、柱のように高く身を起こして人間をさらい、そのまま呑み込むとされています。
後世のシーサーペントを思わせる長い身体と首の毛はあります。しかし太さ二十フィートという巨体で陸上の家畜まで襲うため現代に想像される「細長い海蛇」とまったく同じ姿ではありません

船乗りにとっての恐怖
この巨大蛇の記述で重要なのは単なる珍獣として描かれているわけではない点です。オラウス・マグヌスの海怪物章ではノルウェー沿岸の怪物フィセテル、鯨、オルカ、モノケロス、セッラなど多くの海の怪物が並んで紹介されています。その中で巨大な蛇も「北方海域に出る恐るべき存在」として扱われています。当時の船乗りや漁師にとって海は生活の場であると同時に、命を奪う場所でもありました。
- 突然の嵐。
- 巨大な波。
- 座礁。
- 見慣れない大型生物。
- 海面に浮かぶ謎の影。
こうしたものが混ざり合えば「海にはとんでもない怪物がいる」と考えたとしても不思議ではありません。特にノルウェー周辺の海は、入り組んだフィヨルドや岩場、深い海、荒れやすい天候が重なります。そこに巨大な鯨類や大型魚の目撃、漂着死体、船乗りの伝聞が加われば、シーサーペント伝承が生まれる土壌としては十分だったでしょう。
↓海の船乗りたち↓
巨大蛇は「凶兆」でもあった
オラウス・マグヌスの巨大蛇は恐ろしい動物であると同時に政治的な凶兆でもありました。
第43章ではこの蛇が現れると君侯が死ぬか追放されあるいは戦乱が直ちに起こるとされています。ここで注意したいのは同じ章にもう一匹の巨大蛇が登場することです。ハーマル司教区のモースと呼ばれる島では1522年に別の巨大蛇が目撃されたといいます。その蛇は水面から高く身を起こし球のように身体を巻いていました。遠方からの推測では五十キュビットほどだったとされます。
オラウスはこの目撃の後にクリスティアン王の追放と高位聖職者への迫害が続いたと書き、蛇の出現が祖国の破滅を示したとまで解釈しています。もちろん蛇が政変を予言したことを史実として証明する記述ではありません。しかし16世紀のオラウスが、異様な動物の出現と王国の危機を結び付けていたことは確かです。巨大蛇は自然界の怪物であると同時に時代の不安を映す存在でもあったのでしょう。
18世紀のポントピダンが記録した海蛇
オラウス・マグヌスから約二百年後、エーリク・ポントピダンも『ノルウェー博物誌』で巨大な海蛇を取り上げました。
ポントピダンによればこの海蛇は通常海底に潜み7月と8月の穏やかな日にだけ海面へ現れました。わずかでも風が吹いて波が立つとすぐに潜ってしまったとされています。なかでも詳しいのが海軍士官ローレンス・デ・フェリーによる1746年の目撃談です。デ・フェリーはモルデ付近で海蛇に接近し銃を撃ちました。怪物が潜った後の水は濃く赤く見えましたが彼自身も「弾が当たったのかもしれない」と推測するにとどめています。
頭は馬に似ており灰色で黒く大きな口と黒い目を持っていました。首からは白い長いたてがみが水面まで垂れその後方には七つか八つの太い屈曲部が見えたといいます。同船していた二人は後に法廷で宣誓しこの目撃談の内容を認めました。ただしこれは未知の巨大蛇が実在したことの決定的な証明ではありません。証明されるのは当時の船乗りたちが何かを見てそれを海蛇だと認識し法廷でも同じ証言をしたことです。
16世紀のオラウスが巨大蛇を政変の凶兆として描いたのに対し18世紀のポントピダンは証言、宣誓、絵図を集めて自然界の生物として説明しようとしました。この違いからはシーサーペントが「不吉な怪物」から「正体不明の動物」へ変化していく過程が見えてきます。
シーサーペントだけが特別だったわけではない
オラウス・マグヌスは巨大蛇のほかにも多数の海の怪物を紹介しています。フィセテルは船のマストより高く身体を持ち上げ頭上の管から大量の海水を吐き出して船を沈める怪物でした。
モノケロスは額に巨大な角を持ちその角で船を突き破り人々を死なせるとされています。ただし動きが非常に遅いため、船は逃げることができたとも書かれています。イッカクを連想させますが本文だけから正体を確定することはできません。
セッラについては硬く鋸歯状になった頭部で船底を切り裂き浸水させる種類が紹介されています。別の種類は帆走船に向かって身を起こし三十から四十スタディオン進むと疲れて海中へ沈んだとされます。
こうした記述を見ると当時の博物誌では、鯨、巨大魚、海獣、伝説上の怪物、そして海蛇がはっきり分けられていなかったことが分かります。つまりシーサーペントは現代の怪獣図鑑のように独立したキャラクターではなく、北方の海にいるかもしれない恐ろしい生き物たちの一つとして語られていたのです。(タコも書いてあったよ!)


蛇の章に見る「自然」と「伝承」の混ざり方
ノルウェーの巨大蛇の後には、蛇そのものについての章も続きます。そこでは蛇の大きさ、色、種類、住処、毒、牧人との戦い解毒法などが扱われています。
- 黒い蛇。
- 灰色の蛇。
- 赤みを帯びた蛇。
- 水辺に住む蛇。
- 毒を持つ蛇。
- アンフィスバエナのような怪蛇。
こうしたものが実在の蛇と伝説上の蛇をあまり厳密に分けずに並べられています。これは当時の自然観を考えるうえで重要です。現代では「実在の動物」と「伝説の怪物」ははっきり区別されます。ですが16世紀の博物誌では、古代文献、旅人の報告、漁師の話、民間伝承、実際の観察が同じページの中で混ざっていました。
だからこそノルウェーの巨大海蛇も単なる作り話としてではなく古代からの巨大蛇伝承や北方の自然知識とつなげて語られたのでしょう。
シーサーペントの正体は何だったのか
シーサーペントの正体を特定することはできません。
オラウスの説明は船乗り、商人、漁師から得たという伝聞であり本人の目撃記録ではありません。ポントピダンは宣誓証言や絵図を掲載していますが怪物の死体や骨格が確認されたわけではなく、六百フィートという全長も遠方からの推測でした。さらに馬に似た頭、白いたてがみ、青い目、黒い目、灰色の身体、暗褐色の身体、滑らかな皮膚、鱗のある皮膚など報告同士にも違いがあります。ポントピダン自身エゲデ牧師が目撃した鰭のある怪物は通常の海蛇とは異なる種類だと考えていました。
鯨類、大型魚、複数の動物、波や海藻の見間違いなどさまざまな可能性を考えることはできます。リュウグウノツカイが候補として想像されることもあります。
確実に言えるのは16世紀から18世紀にかけて北欧の人々が正体不明の海上の存在を目撃しそれを巨大蛇として語り続けたということです。実在が確認できるのは「未知の巨大蛇」ではなく巨大蛇を見たという証言と伝承なのです。
なぜシーサーペント伝承は魅力的なのか
シーサーペントの魅力は単に「巨大な蛇がいたかもしれない」というロマンだけではありません。それは海がまだ完全には理解されていなかった時代の人間の想像力そのものです。陸上なら森や山の奥にも人は入れます。ですが海の底は見えません。何がいるか分からない。船の下にどんな生き物がいるのか昔の人々には確かめようがありませんでした。だからこそ海には怪物が生まれます。
- 巨大な鯨。
- 船を沈める魚。
- 角を持つ海獣。
- 背びれを帆のように広げる怪物。
- そしてノルウェー沿岸の巨大な蛇。
これらはすべて「未知の海」を形にした存在だったのでしょう。
↓他の伝承↓
最後に
シーサーペントは現代になって突然作られた怪物ではありません。16世紀のオラウス・マグヌスはベルゲン沿岸の岩場や洞窟に棲む長さ二百フィート以上、太さ二十フィートの巨大蛇を記録しています。
その蛇は子牛、子羊、豚を食べ、タコやロブスター類、海のカニを求めて海を渡り船から人間をさらうとされました。ただし常に海中に棲む細長い海蛇ではなく陸と海を行き来する沿岸の怪物として描かれています。
さらにオラウスは巨大蛇を君侯の死や追放、戦争を知らせる凶兆と考えました。一方18世紀のポントピダンは船乗りの証言、法廷での宣誓、絵図などを集め、海蛇を実在する動物として説明しようとしています。
私が面白く感じるのはシーサーペントが時代とともに姿を変えていることです。16世紀には王国の危機を告げる凶兆だった怪物が18世紀には証言を集めて正体を確かめるべき生物へ変わっていました。その正体が分からないからこそ、今も私たちは海面に浮かぶ長い影に想像をかき立てられるのかもしれません。
参考文献
- オラウス・マグヌス『北方民族文化誌』1555年、第21巻第6章・第14章・第43~49章 同書縮約版、第21巻第27章、500~501頁
- オラウス・マグヌス『カルタ・マリナ』
- エーリク・ポントピダン『ノルウェー博物誌』第2部、1755年英語版、195~200頁






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