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【三国志】簡雍の影が薄すぎる|でも実は劉備軍トップクラスの古参だった男

三国志には関羽、張飛、諸葛亮のような超有名キャラが大量にいます。そんな中、「名前は見たことあるけど何した人だっけ?」と言われがちな人物がいます。それが簡雍です。正直、三国志ファンでも「ん?」となる人はかなり多いでしょう。

しかし調べてみると、この男――実はかなり異質です。劉備軍の初期メンバーであり、しかも劉備と昔からの知り合い。関羽や張飛と並ぶレベルで古い付き合いだったとも言われています。  なのに影が薄い。薄すぎる。今回は、そんな「いるのに目立たない男」簡雍について語っていきます。


目次

簡雍ってどんな人物?

簡雍は蜀漢に仕えた人物で、字は憲和(けんわ)。劉備と同じ幽州出身で、若い頃から交流があったとされています。  つまり、関羽「義兄弟です」張飛「義兄弟です」簡雍「昔からのツレです」みたいな立ち位置。なのに三国志演義では途中から急に現れるので、読者からすると「誰?」となりがちです。  


でも功績がマジで地味

簡雍最大の問題点はこれです。功績がわかりにくい。武力で暴れたわけでもない。軍師として超有能エピソードがあるわけでもない。内政チートをしたわけでもない。史書でも「外交役」「使者」みたいな立ち位置が中心です。  そのため、趙雲 → 強い諸葛亮 → 天才龐統 → 鳳雛簡雍 → 「え?」となってしまうのです。


実は“話し相手”として超重要だった説

簡雍は劉備の「談客」だったとされます。  簡単に言えば、

・相談役
・雑談相手
・外交担当
・空気を和ませる人

みたいな存在。しかも性格はかなり自由人。劉備の前でも態度がラフだったという記録があります。  諸葛亮ですら気を遣う空間で、簡雍だけゴロ寝していたレベル。これには読者も「お前ほんとに蜀の重臣か?」となるでしょう。でも逆に言えば、それだけ劉備と距離が近かったということでもあります。

他には劉備が劉表を頼っていた時代。蜀書には「先主因劉表,見雍甚愛之。」(劉備が劉表を頼っていた頃、
劉表は簡雍を見て大いに気に入った)とかいてあり、。呉へ使者として行き孫権と対面した際には「孫權問其才辯」(孫権もその弁舌を高く評価した)とあります。


劉璋を降伏させたのは普通にすごい

簡雍最大級の功績は、益州攻略戦で劉璋を説得して降伏させたことです。  これ、かなり重要。もし劉璋が最後まで抵抗していたら、

・蜀攻略が長期化
・兵糧問題
・民衆疲弊
・曹操に横槍を入れられる

など危険要素だらけでした。つまり簡雍は、派手な戦闘ではなく“交渉”で蜀取りを助けた人物とも言えます。でも三国志だと戦場で無双するキャラが人気なので、「地味」で終わりやすいんですよね。


酒禁止令へのツッコミが面白い

簡雍には有名な逸話があります。旱魃で酒造禁止令が出た際、酒造道具を持っていただけで罪にしようという話が出ました。すると簡雍は男女を見て、「この人たち淫らなことする気ですよ。だって道具持ってますし」みたいなことを言いました。  

すると、劉備は爆笑。結果、処罰は緩和されたそうです。要するに簡雍は、

・空気を読む
・皮肉がうまい
・ジョークが言える
・頭の回転が速い

タイプだったのでしょう。三国志では珍しい「陽キャ寄り文官」です。


なぜここまで影が薄いのか

理由はシンプルです。“主人公属性”がない。

・最強じゃない
・天才軍師じゃない
・悲劇性も薄い
・野望も薄い
・見せ場も少ない

でも逆に、こういう人がずっと残っている組織は強いんですよね。劉備軍の超初期から最後まで付き従った古参。
それが簡雍です。  つまり、関羽や張飛が「武」の支柱なら、
簡雍は「空気」の支柱だったのかもしれません。まあ読者からすると「いややっぱ地味だな」となる気もしますが。


まとめ

簡雍は、三国志の中でもかなり不思議な人物です。超古参なのに目立たない。功績はあるのに印象が薄い。なのに劉備からはかなり信頼されている。ある意味、「リアルな古参社員」みたいな存在かもしれません。戦場で無双するわけではない。でも昔からずっといる。そして誰よりも空気が読める。そんな簡雍を見ていると、

「劉備軍って意外と人間関係で成り立ってたんだな」

と、思わされますね

参考資料・出典

  • Wikipedia「簡雍」
  • 国立国会図書館
  • 三国志(陳寿) 蜀書八
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