海賊と聞くと多くの人は荒くれ者の船乗りを想像するかもしれません。
- 貧しい船乗り
- 酒場で暴れる男
- 戦争や私掠船で荒稼ぎしてそのまま海賊へ転落した者
- あるいは黒ひげのように恐怖を武器にした怪物じみた船長
しかし海賊黄金時代にはかなり異色の人物がいました。それが スティード・ボネット少佐 です。
彼はバルバドスの裕福な地主で教養もあり軍人として少佐の肩書きも持っていました。しかも船乗りとしての経験はほとんどなかったとされます。普通なら海賊に襲われる側の人間です。ところがボネットはある日突然、自分で船を買い乗組員を雇い海賊になりました。いや金持ちの道楽にしては危険すぎるだろ。
しかも彼は、あの黒ひげことエドワード・ティーチとも深く関わります。黒ひげに船を奪われるような形になり利用され裏切られ、それでも海賊稼業に戻っていく。今回はそんな「紳士海賊?」スティード・ボネット少佐の人生を見ていきます。
スティード・ボネット少佐とは?
スティード・ボネットは1688年にバルバドスで生まれたとされる人物です。彼は貧しい船乗りではありませんでした。むしろ、かなり裕福な人物です。バルバドスに土地を持、財産もあり植民地社会の上層に属する存在でした。さらに民兵組織で少佐の地位を持っていたことから「ボネット少佐」と呼ばれます。
この時点で一般的な海賊像とはかなり違います。多くの海賊は船乗りや私掠船、乗り下層の労働者、戦争後に職を失った者などから生まれました。海賊になる背景には貧困、待遇の悪さ、戦争、船上生活の不満などがありました。
ところがボネットは違います。彼は奪われる側の富裕層でした。海賊になる理由が普通の海賊と真逆です。しかも彼は船乗りとしての経験がほとんどなかったとされます。つまり海のプロでもないのに海賊船長になったわけです。これがスティード・ボネット最大の特徴です。彼は「海賊らしい海賊」ではありません。むしろ「なぜあなたが海賊に?」と聞きたくなる人物なのです。
なぜ裕福な地主が海賊になったのか
では、なぜボネットは海賊になったのでしょうか。これについてははっきりした理由は分かっていません。海賊列伝では彼が海賊になった背景として家庭生活への不満や精神的な混乱のようなものをにおわせています。彼は結婚生活に悩み落ち着いた生活から逃げるように海へ出たようにも描かれます。ただし、これは注意が必要です。
海賊列伝は非常に重要な資料ですが人物の内面については物語的に書かれている部分もあります。ボネットが本当に家庭不和だけで海賊になったのか、そこまでは断定できません。とはいえ裕福な地主が突然すべてを捨てて海賊になるのは普通ではありません。彼には何か強い不満、衝動、現実逃避、あるいは名誉欲のようなものがあったのかもしれません。事実として言えるのはボネットが平穏な植民地上流層の生活を捨て自分で海賊船を用意したことです。
彼は追い詰められて海賊になったというより自ら選んで海賊になった人物でした。ここがボネットを非常に奇妙な存在にしています。
海賊船「リヴェンジ」号を買う
ボネットは普通の海賊のように船を奪って出発したわけではありません。彼は船を買いました。その船が リヴェンジ号 です。リヴェンジとは「復讐」という意味です。海賊船の名前としてはかなりそれっぽい。船の名前だけ海賊っぽいですね。
海賊列伝ではボネットがスループ船に大砲を装備させ乗組員を集めたことが語られています。しかも彼は乗組員に給料を払っていたとされます。これもかなり異例です。一般的な海賊船では、船長も乗組員も略奪品の分配によって利益を得ます。つまり、成功すれば儲かるが、失敗すれば何も得られないという形です。
しかしボネットは最初から雇用主のように乗組員を集めました。まるで「海賊会社」かっこよく言うとパイレーツカンパニーを立ち上げるようなものです。ただし問題がありました。まさかのボネット自身に海の経験が足りなかったのです。
- 船は買える。
- 大砲も用意できる。
- 乗組員も雇える。
でも船長としての経験は買えません。金で船は買えても航海の経験値は買えません。この弱点は後にかなり大きな問題になります。
素人船長ボネット、海へ出る
リヴェンジ号に乗ったボネットは海賊として活動を始めます。彼はアメリカ東海岸方面へ向かい、いくつかの船を襲撃しました。海賊列伝では彼が船を拿捕し食糧、衣類、金銭、弾薬などを奪ったことが描かれています。最初の活動だけを見るとボネットは一応、海賊として成功しているようにも見えます。しかし彼の問題はすぐに表面化します。
ボネットは船長としての経験が不足しており海上での判断力や乗組員の統率に不安がありました。海賊船は、ただ船を動かせばよいわけではありません。
- どの船を襲うか。
- どこへ逃げるか。
- どこで補給するか。
- 乗組員の不満をどう抑えるか。
- 戦闘時にどう命令するか。
すべて船長の判断にかかっています。ボネットには財産と身分はありましたが、海賊船長として必要な実戦経験が足りませんでした。その結果、彼は部下からも十分に信頼されていなかった可能性があります。海賊列伝でも、ボネットが船長として扱いに困っていた様子が見えます。彼は勇敢ではあったかもしれませんが海賊団をまとめるには未熟でした。

黒ひげとの出会い
そんなボネットの運命を大きく変えたのが黒ひげとの出会いです。黒ひげ本名エドワード・ティーチは海賊黄金時代でもっとも有名な海賊の一人です。
- 黒い髭。
- 恐ろしい外見。
- 複数のピストル。
- 火のついた導火線。
- そして巨大船クイーン・アンズ・リベンジ号。
黒ひげは恐怖を武器にした海賊でした。一方ボネットは裕福な地主出身の素人船長です。この二人が出会った時点で主導権がどちらに傾くかはかなり見えています。海賊初心者がいきなりラスボスに出会ってしまったとでも言いましょうか。

海賊列伝ではボネットが黒ひげと関わる中で自分の船の指揮権を失っていく様子が描かれます。ボネットは病気や負傷もあったとされ黒ひげが彼の船リヴェンジ号に部下を置き実質的に支配するようになります。ここでボネットは名目上は船長でありながら実際には黒ひげの保護下あるいは支配下に置かれたような状態になりました。これは屈辱的だったでしょう。彼は自分の金で船を買い自分で海賊になったはずでした。ところが経験豊富で恐れられる黒ひげに飲み込まれてしまったのです。
黒ひげに船を任せてしまう
ボネットのリヴェンジ号は黒ひげの海賊団に組み込まれていきます。海賊列伝では黒ひげがボネットの船を自分の部下に任せボネット自身は黒ひげの船に置かれるような形になったことが語られています(何してんねん少佐、、、)。
これはかなり重要です。ボネットは船を失ったわけではありません。しかし自分の船を自由に動かせなくなったのです。海賊船長にとって船は権力そのものです。船を指揮できない船長はもはや船長とは言いにくい。社長なのに株を渡して会社を乗っ取られたような状態です。黒ひげはボネットを露骨に処分したわけではありません。しかし実質的にボネットから船長としての力を奪いました。
ボネットがどれほど悔しかったかは想像できます。もともと彼は名誉や自由を求めて海賊になったのかもしれません。しかし現実には、より強い海賊に利用される立場になってしまいました。このあたりがボネットの人生の皮肉なところです。裕福な地主から海賊になったのに海賊社会でも支配する側ではなく支配される側になってしまったのです。
チャールストン封鎖と黒ひげの裏切り
1718年。黒ひげの海賊団はチャールストン沖で大きな事件を起こします。黒ひげは船を捕らえ人質を取り町に薬品などを要求しました。これは黒ひげの代表的な事件の一つです。ボネットも黒ひげと関わる中でこの流れに巻き込まれていました。
その後黒ひげはノースカロライナ方面へ向かいます。そしてクイーン・アンズ・リベンジ号が座礁します。海賊列伝では、このあたりで黒ひげがかなり疑わしい行動を取ったように描かれます。黒ひげは船を座礁させ仲間の一部を置き去りにし財宝や物資を持って自分に都合のよい形で動いたように見えます。ボネットにとってもこれは大きな転機でした。
ボネットは黒ひげのもとを離れ自分の船と立場を取り戻そうとします。しかし戻ってみると黒ひげはすでに姿を消し彼の財産や船の状況は大きく変わっていました。要するにボネットは黒ひげに利用され最後には裏切られた形になります。ただし黒ひげからすればボネットは扱いやすい相手だったのでしょう。
- 金持ち出身。
- 経験不足。
- 船を持っている。
- だが海賊としては未熟。
黒ひげにとってボネットは利用価値のある人物だったのかもしれません。ってか嫌いだったのでしょうかね。金持ちのボンボンが!みたいな感情で。
恩赦を受けたボネット
黒ひげと離れた後ボネットは一度、海賊をやめる機会を得ます。当時、海賊を減らすために国王の名による恩赦が出されていました。一定期間内に投降した海賊は過去の海賊行為を許される可能性がありました。ボネットもこの恩赦を受けたとされます。この時、彼はスティード・ボネットではなく別名を使ったともされます。海賊列伝では彼が「キャプテン・トマス」として行動するようになる流れが描かれています。恩赦を受けたなら、そのまま海賊をやめればよかったのです。
- バルバドスには財産もある。
- 生き延びる道もある。
- 黒ひげからも離れた。
にもかかわらず、ボネットは再び海賊行為へ戻っていきす。ここでやめないあたり、もう引き返せなくなっている?なぜ戻ったのか。一つには黒ひげに奪われたものを取り返したい気持ちがあったのかもしれません。もう一つには、すでに普通の地主生活へ戻れる精神状態ではなかった可能性もあります。海賊という選択は彼にとって一時の気まぐれだったのかもしれません。しかし一度その道へ入ると簡単には戻れなくなっていました。
キャプテン・トマスとして再び海賊へ
恩赦を受けたボネットは表向きには合法の道へ戻る可能性がありました。しかし彼はキャプテン・トマスという名で再び船を率い海賊行為を始めます。
海賊列伝では彼が複数の船を拿捕し物資や金品を奪った様子が描かれています。彼は名前を変えていたものの、やっていることは海賊そのものでした。しかもこの頃のボネットは以前よりも本格的な海賊になっていたように見えます。最初のボネットは金持ちが急に海賊ごっこを始めたような危うさがありました。しかし黒ひげとの関わり船の喪失、裏切り恩赦を経た後のボネットは、もう後戻りできない海賊になっていました。
とはいえ彼が優秀な海賊船長になったかというと微妙です。彼は何隻もの船を襲いましたが、その行動は植民地側の警戒を強めました。やがてボネット討伐のために部隊が動き出します。その中心人物が、ウィリアム・レット大佐です。
ケープフィア川での最後の戦い
ボネットの最後の大きな戦いはケープフィア川周辺で起こりました。ウィリアム・レット大佐はボネットを追跡し彼の船を発見します。海賊列伝ではこの戦いの様子がかなり詳しく描かれています。浅瀬や川の地形が絡み船が座礁するなど単純な砲撃戦ではありませんでした。ボネット側も抵抗しました。
彼の船には武装した乗組員がおり戦う準備はありました。レット側も簡単に制圧できたわけではありません。しかし最終的にボネットは敗れます。海賊列伝では戦闘の末にボネットとその乗組員たちが捕らえられたことが語られます。ここでボネットの海賊としての活動は終わりました。

皮肉なことに、彼は黒ひげのような大海賊として討たれたわけではありません。黒ひげはオクラコークで激しい白兵戦の末に死にました。一方ボネットは捕らえられ、裁判にかけられます。彼の最後は戦場の英雄的な死ではなく法廷と絞首台でした。
チャールストンでの裁判
捕らえられたボネットと乗組員たちはチャールストンで裁判にかけられました。海賊列伝では裁判長がボネットに厳しい言葉を投げかけたことが記されています。裁判で問われたのはボネットが海賊行為を行ったかどうかです。ボネット側は恩赦を受けていたことや自分の行為について言い分を持っていたようです。しかし裁判では彼が再び海賊行為を行ったと判断されます。ここで重要なのはボネットが単なる下級船員ではなかったことです。彼は教育を受けた紳士であり、財産も地位もありました。だからこそ裁判長の目には彼の罪がさらに重く見えたのでしょう。
- 貧しさに追い詰められたわけではない
- 無知だったわけでもない
- 社会的地位もあった
- それなのに海賊になった
これは当時の法と秩序から見れば、かなり悪質に見えたはずです。知らなかったでは済まないタイプの海賊。海賊列伝では裁判長がボネットに対して神への背きや社会秩序への反逆を強く説く場面があります。これは当時の裁判が単に法律だけでなく宗教的・道徳的な言葉によって罪を説明していたことをよく示しています。ボネットは有罪となり死刑を宣告されました。
ボネットの嘆願と処刑
死刑判決を受けた後ボネットは命乞いをしました。海賊列伝ではボネットが非常に哀れな様子で嘆願したことが描かれます。彼は自分の罪を悔い神の慈悲や総督の情けにすがろうとしました。ここは黒ひげとの対比が非常に強い場面です。黒ひげは最後まで戦い戦闘の中で死にました。一方ボネットは裁判で有罪となり処刑を前にして嘆願します。どちらが立派という話ではありません。ただ、二人の海賊としての性格の違いはよく出ています。
黒ひげは恐怖を演出し最後まで悪名高い海賊として死にました。ボネットは紳士として生まれ海賊となり最後は罪人として裁かれました。ボネットの嘆願は受け入れられず彼は1718年12月にチャールストンで処刑されます。彼の海賊としての活動期間は長くありませんでした。しかしその奇妙な経歴は海賊黄金時代の中でも非常に目立つものです。
スティード・ボネットは愚かな海賊だったのか?
スティード・ボネットは「紳士海賊」と呼ばれます。この呼び名にはどこか滑稽な響きもあります。
- 金持ちなのに海賊になった
- 船乗り経験がないのに船を買った
- 黒ひげに利用された
- 恩赦を受けたのに海賊に戻った
- そして捕らえられて処刑された
こう並べると彼は愚かな人物に見えるかもしれません。実際、海賊船長としての能力は高くなかった可能性があります。少なくとも黒ひげのような海賊社会で人を支配し恐怖を利用する力は弱かったように見えます。しかしボネットを単なる愚か者として片づけるのも少し違う気がします。
- 彼は、社会的には恵まれた人物でした。
- でも、その生活から逃げ出した。
- 自分に合わない海の世界へ飛び込んだ。
- 何度失敗しても、戻ろうとした。
そこには破滅的ではありますが強い衝動があります。ボネットは海賊に向いていなかった。しかし海賊になることを選んでしまった。このズレこそが彼の人生を悲劇にも喜劇にも見せています。才能のない方向に全力疾走してしまった男それがスティード・ボネット少佐だったのかもしれません。
黒ひげとの対比で見るボネット
ボネットを理解するうえで黒ひげとの対比は非常に分かりやすいです。黒ひげは海賊としての演出力と実力を持っていました。
- 恐ろしい外見。
- 大胆な行動。
- 船団の統率。
- 敵を怯えさせる心理戦。
一方のボネットは身分も財産もありましたが海賊としての実戦経験や統率力に欠けていました。
黒ひげは恐怖によって海賊になった男。
ボネットは海賊になりたかった紳士。
この違いは大きいです。ボネットは黒ひげと関わることで海賊としての現実を突きつけられました。海賊社会は、身分や教養だけで通用する世界ではありません。必要なのは、航海術、判断力、暴力、交渉力、そして乗組員を従わせる力です。ボネットにはそのすべてが十分ではなかったのでしょう。黒ひげに利用されたことは彼の未熟さを示しています。しかし同時に黒ひげほどの人物と関わったからこそボネットは海賊史に強く名前を残すことになりました。もし黒ひげと出会っていなければ、ボネットは「変わった金持ち海賊」として小さく終わっていたかもしれません。
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まとめ
スティード・ボネット少佐は海賊黄金時代の中でも非常に異色の人物でした。彼はバルバドスの裕福な地主であり民兵の少佐であり教育を受けた紳士でした。普通なら海賊になる必要などない人物です。しかし彼は自ら船を買いリヴェンジ号と名付け乗組員を雇って海賊になりました。最初は海賊船長として活動したものの経験不足は明らかでした。やがて黒ひげと出会い自分の船の主導権すら失うようになります。
黒ひげに利用され、裏切られた後、ボネットは一度恩赦を受けます。しかし彼は海賊稼業から完全には離れず、キャプテン・トマスとして再び海賊行為を行いました。その結果ウィリアム・レット大佐に捕らえられチャールストンで裁判を受け、1718年に処刑されます。ボネットは、黒ひげのような恐怖の海賊ではありませんでした。アン・ボニーやメアリ・リードのような伝説的な戦闘者でもありません。彼は海賊になってしまった紳士でした。
金も地位もあったのに、なぜか全部捨てて海賊になった男この奇妙さこそスティード・ボネット少佐の最大の魅力です。彼の人生は海賊黄金時代のロマンだけでなく身分や財産があっても人は破滅へ向かうことがある、という怖さも教えてくれます。海賊としては未熟だったかもしれません。しかし歴史上のキャラクターとしては強烈です。
スティード・ボネット少佐。
彼は「最強の海賊」ではありません。けれど、「なぜ海賊になったのか分からない海賊」として、今も忘れがたい存在なのです。
参考資料・出典
- チャールズ・ジョンソン『海賊列伝 / A General History of the Pyrates』スティード・ボネット章
- チャールズ・ジョンソン『海賊列伝 / A General History of the Pyrates』黒ひげ章
- Encyclopaedia Britannica “Stede Bonnet”
- Encyclopaedia Britannica “Blackbeard”
- Encyclopaedia Britannica “Queen Anne’s Revenge”



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