はじめに
現代では紫色の服を着ても特別な身分だと思われることはありません。しかし古代では事情が全く異なりました。日本の飛鳥時代では聖徳太子の冠位十二階で最上位の色に選ばれ、中国でも皇帝や高官と結び付けられました。さらに遠方離れた古代ローマでも紫は皇帝だけが身にまとうことを許された特別な色だったのです。なぜ世界中で紫は高貴な色になったのでしょうか。
今回は紫色の歴史について解説します。
紫は作るのが難しかった
紫が高貴な色になった最大の理由は単純です。作るのが異常に難しかったからです。古代の人々は現代のような化学染料を持っていませんでした。そのため自然界から色を取り出して布を染める必要がありました。黄色なら植物の実や樹皮から比較的簡単に作れます。茶色や黒色も木や鉄分を利用して染めることができました。しかし紫だけは別格でした。神のいたずらかな。

東洋の紫 紫草から作られた高級色
日本や中国では主に紫草(むらさき)という植物の根から紫色を作りました。しかしこの植物は栽培が難しく、
- 成長に時間がかかる
- 根を掘り出さなければならない
- 収穫量が少ない
という問題がありました。さらに大量の根を使っても得られる染料はわずかです。そのため紫色の衣服は非常に高価になりました。飛鳥時代の冠位十二階で最上位の色が紫だったのも、その希少性が理由の一つと考えられています。
西洋の紫 まさかの貝から作られていた
一方、西洋では全く別の方法が用いられていました。古代フェニキアやローマでは、巻貝の一種から紫色の染料を取り出していました。この染料は現在「ティリアンパープル」と呼ばれています。しかし問題はその効率です。濃い紫色の衣服を一着作るためには、数千から数万匹の貝が必要だったとも言われています。しかも貝の中のごく小さな分泌腺しか使えません。「もはや染料というより国家事業である。」そのためティリアンパープルは非常に高価となり、ローマ皇帝や超上流階級だけが身につけることを許されました。

東西で材料が違うのに紫が高級だった理由
面白いことに
- 東洋は植物
- 西洋は貝
と材料が全く違います。しかし結果は同じでした。どちらも
- 生産量が少ない
- 手間がかかる
- 技術が必要
という共通点を持っていたのです。つまり紫が高級なのは文化的な偶然ではなく、本当に作るのが大変だったからなのです。
なぜ偉い人ほど紫を着たのか
ではなぜ紫を着ると偉い人になるのでしょうか。正確には逆です。偉い人が紫を独占したため、紫が偉い色になったのです。例えば聖徳太子の冠位十二階では紫が最高位でした。中国でも紫は天子や高官と結び付けられました。古代ローマでは皇帝専用色として扱われる時代もありました。高価な紫を大量に使えるということは、
- 財力がある
- 権力がある
- 人を動員できる
ことの証明でもあったのです。現代で言えば高級車や豪邸に近い存在だったと言えるでしょう。
紫は権威の象徴になった
やがて紫は単なる高級色を超え、権威そのものを表す色になりました。中国には「紫気東来」という言葉があります。これは吉兆や聖人の出現を意味する言葉です。日本でも平安時代以降、特定の高位貴族しか着用できない「禁色」が定められました。紫はその代表格でした。つまり紫を見るだけで、「あの人は偉い人だ」と誰もが理解できたのです。

まとめ
紫が高貴な色になった理由は非常にシンプルです。それは古代世界において紫色を作ることが極めて難しかったからです。東洋では紫草、西洋では巻貝という全く異なる材料が使われましたが、
- 希少である
- 生産量が少ない
- 高度な技術が必要
という共通点がありました。その結果、紫は権力者だけが身につけられる色となり、やがて世界各地で高貴さや権威の象徴になったのです。現代では気軽に買える紫色の服も、古代の人々から見れば「王者の色」だったのでした。ネットでで紫のシャツを買える現代人は実は皇帝より贅沢かもしれません。
参考資料・出典
- Encyclopaedia Britannica「Tyrian Purple」
- Encyclopaedia Britannica「Purple」
- 日本語Wikipedia「紫草」「冠位十二階」「貝紫」
- 英語Wikipedia「Tyrian purple」「Purple」「Murasaki dye」
