グレイス・オマリーとは何者だったのか
16世紀のアイルランド。
イングランドが勢力を広げ、海では争いが絶えなかった時代。そんな中
- 船団を率い
- 海を支配し
- 女王と直接交渉した
とんでもない女性がいた。その名はグレイス・オマリー別名「海の女王」。
「マーメイドみたいな印象の異名だ」
幼少期から普通じゃない
グレイスは1530年頃、アイルランド西部の有力一族に生まれた。父は海上交易や航海を行う族長だった。幼いグレイスも船に乗りたがったが、当初は断られたという。
理由。
「髪がロープに絡まるから」すると彼女は髪を切った。解決方法が力技(笑)
この逸話から、
“Gráinne Mhaol(グラーニャ・マウル)”=「坊主頭のグレイス」という呼び名が生まれたとも言われる。
海賊なのか、族長なのか
グレイス・オマリーはよく“女海賊”として紹介される。だが実際には単なる海賊ではない。
- 海上交易
- 通行料徴収
- 襲撃
- 軍事行動
を行う、半独立勢力のリーダーだった。当時のアイルランド沿岸では、こうした活動は珍しくなかった。つまり現代感覚でいうと、「地方領主が武装船団を持ってる」かなり危険である。
結婚しても支配者
グレイスは結婚したが、夫の死後も権力を保持。さらに再婚までして勢力を拡大した。しかも一説では、城の所有権をめぐって夫を追い出したとも言われる。「夫かわいそう」
彼女は複数の城と船団を持ち、西アイルランド海域で強い影響力を誇った。

イングランドと対立
当時のエリザベス1世は、アイルランド支配を強めていた。
当然、独立色の強いグレイス一族とは衝突する。イングランド側は彼女を危険視。船を没収され、家族が拘束されるなど圧力を受けた。
だがグレイスは屈しなかった。
「そら結婚して追い出してまで手に入れる執念の持ち主がカンタンに諦めるわけもなく」
女王と直接会談
1593年。
グレイス・オマリーはなんとエリザベス1世本人と面会する。
場所はロンドン。
しかも当時、英語を話せなかったため、ラテン語で会話したとも言われる。さらに有名なのが、
グレイスは女王に頭を下げなかった。
理由。
「自分も支配者だから」

伝説になった海の女王
最終的にグレイスは完全には屈服せず、一族勢力を維持したまま晩年を迎えたとされる。
現在のアイルランドでは民族的英雄として人気が高い。
絵画、小説、映画、音楽などでも題材になっている。
理由は単純。
生き様がカッコ良いよほんと。
- 海を支配
- 国家と戦う
- 女王と交渉
- 最後まで独立姿勢
「現代なら同じ女性から人気でそう。」
まとめ
グレイス・オマリーは単なる“女海賊”ではない。
16世紀の荒れた海で、自らの勢力を築き、国家相手に渡り合った海上支配者だった。
しかも最終的にはイングランド女王と直接対話までしている。
現代でも十分伝説級だが、これが16世紀の話というのが恐ろしい。
「この時代の女はすさまじいひと多いのかな。単独で勢力築くってこと自体がむずかしいのにそれを女性でやるってのがすごい。結婚って言う強みも活かしてる点も地頭よさそうで点数高い」
出典
- ブリタニカ – グレース・オマリー
- 歴史アイルランド – グレース・オマリー
- 世界史百科事典 – グレース・オマリー

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