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【海賊黄金】海賊飯とは何だったのか?保存食・略奪・ラム酒で支えたカリブ海の食生活

海賊の食事と聞くと、どんなものを想像するでしょうか。

  • 豪快な肉料理。
  • 山盛りの果物。
  • ジョッキに注がれたラム酒。
  • そしてなぜか毎晩宴会。

映画やゲームの海賊なら、だいたいそんな感じですよね。しかし実際の海賊やバッカニアたちの食生活は、もっと地味で、もっと過酷だったと考えた方がよさそうです。特に17世紀カリブ海で活動したバッカニアたちは長い航海の中で保存食に頼り食料が尽きれば上陸して現地調達し、ときには略奪で食いつなぐような生活をしていました。つまり海賊飯とはロマンあふれる豪華料理というより保存・補給・略奪で成り立つサバイバル飯だったのです。

宝箱よりまず飯。腹が減っては略奪もできぬというところですかね。

目次

海賊飯は本当に豪華だったのか?

海賊といえば財宝を奪って派手に暮らしていたイメージがあります。ですが海の上ではそう簡単に豪華な食事はできません。冷蔵庫はありません。保存技術も限られています。真水も腐ります。肉も魚も放っておけば傷みます。
船内は暑く湿気もあり、ネズミや虫も出ます。

つまり航海中に大事なのは「うまい飯」よりも「腐らずに持つ飯」でした。そのため海賊や船乗りたちの食事は保存できるものが中心になります。具体的には

  • 硬いビスケット
  • 塩漬け肉
  • 乾燥食品
  • 酒類
  • 現地で手に入れた作物や家畜

こうしたものが中心だったと考えられます。もちろん略奪に成功した直後なら肉や酒で盛り上がることもあったでしょう。しかし、それが毎日の通常メニューだったとは考えにくいです。むしろ普段、硬い保存食をかじり足りなくなったら沿岸部で奪う。かなり荒っぽい食生活だったはずです。

Screenshot

バッカニアとは何者か

今回の海賊飯を考えるうえで重要なのが、バッカニアです。バッカニアとは主に17世紀のカリブ海で活動したイングランド人、フランス人、オランダ人などの冒険者・私掠船員・海賊的集団のことです。彼らはスペイン船やスペイン植民地を襲撃し財宝や物資を奪いました。完全な国家海軍ではありません。しかし単なる無法者とも言い切れません。ときには国家の黙認や支援を受け私掠船のように活動することもありました。

つまりバッカニアは、かなりざっくり言えば「半分公認、半分海賊」みたいな存在です。スペイン側から見れば完全に迷惑な海賊。イングランドやフランス側から見れば、スペインを削ってくれる便利な戦力。立場によって評価が変わる実にややこしい人たちです。

このバッカニアたちの生活を知るうえで重要な資料が、アレクサンドル・エクスケメリンの『アメリカのバッカニアたち』です。エクスケメリンは実際にバッカニアたちと関わった人物とされ1678年に彼らの行動や生活について記録しました。この資料には彼らが何を食べ、どう食料を確保していたのかを考えるヒントが出てきます。

船に積まれた保存食

長い航海では、まず船に食料を積まなければなりません。バッカニアたちは出航すればすぐに新鮮な食べ物を手に入れられるわけではありません。海の上で何日も過ごすなら、保存できる食料が必要です。その代表格が硬いビスケットと塩漬け肉です。

いかにも船乗り飯という感じですね。ただし、このビスケットは現代のお菓子のビスケットとは違います。甘くてサクサクしたものではありません。むしろ歯が折れそうなほど硬い保存食です。

海の定番、硬いビスケット

英語では、ハードタック、シービスケット、シップビスケットなどと呼ばれる保存用ビスケットがあります。これは小麦粉と水を主材料にして作られる硬いクラッカーのようなもので乾燥していれば長く保存できました。長い航海や軍事遠征では、こうした硬いビスケットが非常に重要でした。なぜなら普通のパンはすぐに傷むからです。船の上で柔らかいパンを長く保存するのは難しい。だから水分を抜いてカチカチに焼き固めたビスケットが使われたわけです。

ただし、問題もあります。

  • 硬すぎる。
  • 味気ない。
  • 虫が湧くこともある。
  • 湿気ると傷む。

食事というより、もはや「食べられる板」です。船乗りたちは、これを水や酒、スープなどに浸して柔らかくして食べたと考えられます。これはこれでおいしそうですが。海賊飯と聞くと豪快な肉料理を想像しがちですが実際にはこうした硬い保存食をかじる日々も多かったでしょう。海賊の主食、歯へのダメージが強すぎてそう(泣)

塩漬け肉は重要な食料だった

エクスケメリンの『アメリカのバッカニアたち』には、ロロノワの一団が遠征前に食料として塩漬け肉を積み込んだ記述があります。これはかなり重要です。塩漬け肉は長期航海に向いた保存食でした。牛肉や豚肉を塩で保存すれば、生肉よりも長持ちします。もちろん味はかなり塩辛くなり状態が悪ければ傷んだり腐ったりもしたでしょう。

それでも船の上では貴重なタンパク源です。バッカニアたちは、こうした塩漬け肉を船に積み、航海中の食料として使っていました。海賊飯の基本は

  • 硬いビスケット
  • 塩漬け肉
  • 水や酒

このあたりだったと考えると分かりやすいです。ただし、これだけでは栄養も味もかなり厳しいです。だからこそ彼らは食料が不足すると上陸して補給することになります。

食料が尽きると現地調達

エクスケメリンの記録では、ロロノワの一団が航海中に食料不足へ追い込まれる場面があります。彼らは風や海流に苦しみ本来の進路を外れ食料も不足していきました。そしてついに新鮮な補給物資を求めて上陸します。ここで彼らが行ったのは現地の住居から食料を奪うことでした。

かなり荒っぽいですがこれがバッカニアたちの現実です。海賊飯とは単に船内で何を食べたかだけではありません。「足りなくなったら、どこからどう奪うか」ここまで含めて海賊の食生活だったと思われるのです。

トウモロコシ、豚、鶏、七面鳥

エクスケメリンの記録では食料不足になったバッカニアたちが、現地から次のような食料を持ち帰っています。

  • トウモロコシ
  • 七面鳥
  • その他、手に入るもの

海賊たちは、船に積んだ保存食だけで生きていたわけではありません。カリブ海や中米沿岸で活動する中で、現地の作物や家畜を奪い、それを食料にしていました。つまり彼らの食事は航海前に準備した保存食と襲撃先・上陸先で得た食材の組み合わせだったのです。これはかなり現実的です。

長い航海では、最初に積んだ食料だけでは足りなくなることがあります。そこで沿岸部に近づき、水や食料を補給する。海賊の場合それが交易や購入ではなく略奪になることが多かった。ロマンというより、完全にサバイバルです。「海賊飯」というより「現地調達という名の強奪飯」ですね。

ウミガメも保存食だった?

エクスケメリンの記録には、キューバ南側のマタマノ周辺に、ウミガメを捕って塩漬けにし、ハバナへ送る漁師たちがいたことも記されています。ここで注意したいのは、これをそのまま「海賊は毎日ウミガメを食べていた」とは言えないことです。この記述から確実に言えるのは当時のカリブ海周辺で、ウミガメが捕獲され塩漬けにされ保存食または交易品のように扱われていたということです。ただし、バッカニアたちがその場所でカヌーや道具を奪ったことを考えると彼らがウミガメやその塩漬けに関心を持った可能性は十分あります。

カリブ海の食料事情を考えるうえで、ウミガメは無視できない存在だったのでしょう。海の上で肉を確保できる大型生物。しかも塩漬けにできる。これは航海者にとってかなり重要です。現代の感覚では保護対象として見るべき生き物ですが当時のカリブ海では食料資源として扱われていたと考えられます。

海賊と酒のイメージ

海賊といえば酒。これはかなり強いイメージですよね。海賊映画でも、ラム酒を飲んでいる場面はよく出てきます。「ヨーホー、ラム酒!」みたいな空気です。では、これは完全な作り話なのでしょうか。結論から言えば、海賊と酒の結びつきには、ある程度の歴史的背景があるようです。

ただし「海賊はいつもラム酒を飲んでいた」と単純に言い切るのは考察の余地がありますです。酒は確かに船乗り文化と深く結びついていました。特にカリブ海では、サトウキビ栽培と砂糖産業の副産物からラム酒が作られました。イングランドがジャマイカを支配するようになると英国海軍とラム酒の関係も強まっていきます。さらにカリブ海で活動した私掠船員や海賊たちも港町や植民地でラム酒と接する機会は多かったでしょう。

つまり海賊とラム酒のイメージは完全な空想ではありません。ただし海賊船の毎日の標準食としてラム酒が必ず配られていたかどうかは海軍の規則とは分けて考える必要があります。

ラム酒は海賊の酒だったのか?

英国海軍では後の時代にラム酒の支給制度が確立していきます。ラム酒を水で割ったグロッグも船乗り文化の中で有名です。しかし、これは主に海軍の制度としての話です。海賊やバッカニアは軍艦のようにきっちりした補給制度を持っていたわけではありません。そのため海賊の酒事情はもっと不安定だったと考えた方がよいでしょう。

  • 奪った酒を飲む。
  • 港で買う。
  • 交易品として扱う。
  • 戦利品として分配する。
  • 水が悪いときに酒を飲む。

こうした形だった可能性があります。また海賊が襲ったスペイン船には、ラム酒ではなくワインやブランデーが積まれていた場合もあったと考えられます。カリブ海の海賊=常にラム酒、というより

  • カリブ海ではラム酒が入手しやすかった。
  • 英国系の船乗り文化とラム酒が結びついた。
  • 後世の文学や映画がそのイメージを強化した。

このように見る方が安全です。つまり、ラム酒は海賊イメージの中心にありますが史実としては「海賊だけの酒」ではなく、カリブ海・英国海軍・私掠船文化が重なって生まれたイメージと言えるでしょう。

まとめ

海賊飯は豪華なロマン飯ではありませんでした。17世紀カリブ海のバッカニアたちは船に保存食を積み食料が不足すれば上陸して現地調達し、ときには略奪によって食いつないでいました。基本となるのは、硬いビスケットや塩漬け肉のような長期保存できる食料です。エクスケメリンの記録にはロロノワの一団が塩漬け肉を積んだこと、食料不足の際にトウモロコシ、豚、鶏、七面鳥などを奪ったことが記されています。

また、キューバ周辺ではウミガメを捕って塩漬けにし、ハバナへ送る人々もいました。当時のカリブ海では、こうした保存食や現地食材が重要だったのでしょう。そして酒、特にラム酒は、カリブ海の船乗り文化や英国海軍、私掠船・海賊のイメージと強く結びついていきました。実際の海賊飯は

  • 硬い。
  • 塩辛い。
  • 保存重視。
  • 足りなければ奪う。
  • 酒は士気とイメージを支える存在。

そんな、かなり荒っぽく現実的な食生活だったと考えるのがよさそうです。つまり海賊飯とはグルメではなくサバイバル。財宝よりもまず食料。ロマンよりもまず補給。

これが、本当の海賊たちの胃袋事情だったのかもしれません。

参考資料・出典

  • Alexander O. Exquemelin, The Buccaneers of America, originally published in Amsterdam, 1678. Library of Congress, “Exploring the Early Americas: The Buccaneers of America”
  • Encyclopaedia Britannica “Buccaneer”
  • Encyclopaedia Britannica “Sir Henry Morgan”
  • English Wikipedia “Hardtack”
  • English Wikipedia “Rum”
  • English Wikipedia “Rum ration”
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