【近代】ウォーターリーパーとは?大法螺話からゲームで進化した水の怪物

ヒキガエルのような身体に魚の尾と翼。水中から飛び出し甲高い叫び声で獲物を動けなくして人間さえ食べてしまう。

ウォーターリーパーと聞いて現在ではこのような恐ろしい怪物を思い浮かべる人が多いかもしれません。しかし記録を古い時代へさかのぼると最初からこれほど細かな設定を備えていたわけではありませんでした。

確認できた最古の刊本はウェールズの民間伝承を集めたジョン・リースの1882年の記事です。そこに登場するウォーターリーパーは確かにヒキガエルに似ており脚の代わりに尾と翼を持っていました。一方、大型犬ほどの大きさ、魚の尾、トビウオ状の翼、強い肉食性などは書かれていません。しかもその話を検討した後世のウェールズ民俗学者はウォーターリーパーの逸話を大法螺話型の民話として扱っています。

では一人の老漁師が語ったかもしれない奇妙な怪物はどのように翼と牙を大きくし、現代の幻獣辞典にまで泳ぎ着いたのでしょうか。

目次

第1章 ウォーターリーパーの概要

ウォーターリーパーはウェールズ北部の湖にまつわる水の怪物、あるいは水の精です。初期記録で確認できる特徴は意外なほど少数です。

  • 魚ではなく、ヒキガエルに似ている
  • 脚の代わりに尾と翼を持つ
  • 釣り針から餌を奪い、釣り糸を強く引く
  • 水面から頭を出すと恐ろしい叫び声を上げる
  • 付近の湖では、羊が「何か」に水底へ引き込まれると信じられていた

ここだけを見ると、ウォーターリーパーは漁師にとって非常に迷惑な怪物です。魚を釣らせてくれない。餌だけを持っていく。やっと釣れたと思えばとんでもない声で叫ぶ「今日も一匹も釣れなかったのは、腕のせいではない。湖の怪物が邪魔したからだ」そんな釣り人の言い訳から生まれたのではないかと思いたくなる存在ですが、まずは実際の記録を詳しく見てみましょう。

第2章 ウォーターリーパーの初期記録―1882年の一次資料

今回確認できた最古の刊本はケルト諸語研究者・民俗学者ジョン・リースが1882年に『Y Cymmrodor』第5巻へ発表した「Welsh Fairy Tales」です。ウォーターリーパーの話は同記事の52~53頁に掲載されています。

ただしこれは目撃者本人から直接採集した話ではありません。伝わった経路は次のようになっています。

  1. 老漁師イヴァン・オーウェンが自分の父親の体験として語る
  2. ベズゲレルト出身のウィリアム・ジョーンズが1841年以前にその話を聞く
  3. ジョーンズが1881年ごろ、昔の記憶を手紙でリースへ伝える
  4. リースが内容を英語にまとめ1882年に発表する

つまりリースが記録した段階ですでに複数の人物と数十年の時間を経ています。この資料は「怪物が目撃されたこと」を直接証明するものではなく「このような話が19世紀のウェールズで語られていたこと」を伝える一次資料です。

釣り針から餌を盗む怪物

ジョーンズは祖父の家や鍛冶場に人々が集まり雨の日などに昔話を競い合っていた様子を回想しています。そこで活躍していた語り手の一人が、老漁師イヴァン・オーウェンでした。

リースの文章によれば彼らの話は時には真実であり、時には嘘の寄せ集めでした。イヴァンはどれほど嘘らしい話をしているときでも聖人のような厳粛な態度を崩さなかったといいます。そんなイヴァンの得意話が「Water Spirit」すなわち「Llamhigyn y Dwr」「Water Leaper」の物語でした。ただしイヴァン自身は見ていません。彼によれば父親がウォーターリーパーを「何百回も見た」というのです。

ある日の夕方イヴァンの父はLlyn Gwynanで釣りをしていました。しかし何度釣り針を投げても何かが針から餌だけを取ってしまいます。場所を変えて釣りを続けると今度は釣り糸が恐ろしい力で引かれました。彼が力いっぱい引き返すと何かが針から外れて飛び出し遠くの崖へ稲妻のように衝突したといいます。そして漁師は、それがウォーターリーパーでなければ悪魔そのものだったに違いないと語ったそうです。

ヒキガエルの身体と恐ろしい叫び声

もう一つの話ではイヴァンの父がLlyn Glas、別名Ffynnon Lasで恐ろしい怪物を釣り上げます。それは魚ではなくヒキガエルに似ており脚の代わりに尾と翼を持っていました。

怪物を岸へ引き寄せ頭が水面から出た瞬間、怪物はすさまじい叫び声を上げます。その声は、漁師の骨を髄まで引き裂くほどだったと大げさに表現されています。そばに友人がいなければ、漁師は驚いて湖へ転落していたかもしれません。

さらに同地では羊が湖へ入ると「何か」に水底へ引き込まれ二度と戻らないという言い伝えもあったと記録されています。ただし羊を引き込む存在がウォーターリーパーであるとは明記されておらず、まして羊を食べたとも書かれていません。

初期記録には書かれていないもの

1882年の記録には現在よく知られる次の設定がありません。

  • 大型犬ほどの大きさ
  • 魚のような尾
  • トビウオの鰭に似た翼
  • 白色またはアルビノ
  • 肉食でネズミや猫を丸呑みにする
  • 人間を餌として食べる
  • 叫び声に気絶や死亡を引き起こす特殊能力がある

同じ逸話はリースが1901年に刊行した『Celtic Folklore: Welsh and Manx』第1巻79~80頁にも再録されています。現在はこの1901年版の全文が公開されているため、話の内容をオンラインで直接確認できます。

第3章 ゲームなどで変化したウォーターリーパー

民俗資料から「怪物図鑑」へ

ウォーターリーパーの姿は後世の辞典や創作作品の中で少しずつ具体化されていきました。

キャサリン・ブリッグズが1976年に刊行した『An Encyclopedia of Fairies』では、ウォーターリーパーはウェールズの漁師話に登場する悪役であり、巨大なヒキガエルに似た水の悪霊としてまとめられています。さらに釣り糸を壊し、羊をむさぼる存在と説明されました。

しかし初期記録では大きさは不明です。また羊についても「何かに湖底へ引かれた」という別の言い伝えが記録されているだけでした。ブリッグズの記述では曖昧だった話が一体の怪物の行動として整理され、より分かりやすい怪物像へ近づいています。

1992年、ゲームの怪物として完成する

現代に広まったウォーターリーパー像を考えるうえで特に重要なのが1992年にTSRから刊行されたテーブルトークRPG用資料『HR3 Celts Campaign Sourcebook』です。著者はゲームデザイナーのグレアム・デイヴィスです。

この資料のウォーターリーパーには、次のような細かな生態と能力が与えられています。

  • 全長約3フィート、約90センチ
  • 大きなヒキガエルのような外見
  • 後脚の代わりに魚のような尾を持つ
  • 前脚の代わりにトビウオ状の鰭翼を持つ
  • 口には鋭い歯が並んでいる
  • 肉食で、魚よりも羊・牛・人間の肉を好む
  • 群れを作り、獲物を包囲して襲う
  • 水面から跳び出し、翼状の鰭で約30フィート滑空する
  • 叫び声を聞いた相手をゲーム上の1ラウンド行動不能にする

ここで現代人が思い浮かべるウォーターリーパーの姿がほぼ完成しています。ゲームでは敵がどのくらい大きいのか、何を食べるのか、どのように攻撃するのかを決めなければなりません。そのため古い伝承の「尾と翼」「恐ろしい叫び声」という曖昧な部分が、魚の尾、トビウオ状の翼、滑空能力、行動不能効果という具体的な設定へ変換されたのでしょう。

これは伝承の誤読というより、ゲームで使える怪物へ作り替えるための創作です。問題はその創作設定が後の辞典やウェブサイトで、最初から存在したウェールズ伝承のように紹介される場合があることです。

第4章 『幻獣事典』に見る近年のウォーターリーパー

『幻獣事典』、笠倉出版社、2011年のウォーターリーパー。

同書では、ウォーターリーパーはウェールズ地方の沼地に棲む妖精として紹介されています。大型犬ほどの大きさで、蛙のような姿を持つものの手足はなく魚の尾とトビウオのような翼が生えていると説明されます。白いアルビノのような姿という説も取り上げられています。

さらに陸上の小動物を好む肉食性で、ネズミや猫を丸呑みにし、時には釣り人や漁師まで食べるとされます。危険が迫ると異常に甲高い声を上げ、その声は聞いた者を気絶させ、時には死に至らせるという強力な能力まで与えられています。

では、これらの設定はいつから見られるのでしょうか。1882年の記録、1992年のゲーム資料、2011年の『幻想世界 幻獣事典』を比較すると、変化がよく分かります。

特徴1882年の記録1992年のゲーム資料2011年『幻想世界 幻獣事典』
大きさ記載なし約3フィート大型犬ほど
基本の姿ヒキガエル状、脚の代わりに尾と翼ヒキガエル状蛙に似た姿
種類は不明魚のような尾魚の尾
形は不明トビウオ状の鰭翼トビウオのような翼
食性記載なし肉食。羊・牛・人間を好む肉食。ネズミ・猫・人間を食べる
叫び声漁師が驚いて転落しそうになる失敗すると1ラウンド行動不能気絶させ、時には死に至らせる
白色・アルビノ記載なし記載なしそのような説も紹介
生息地北ウェールズの二つの湖ウェールズの湖ウェールズの沼地

魚の尾、トビウオ状の翼、大型犬に近い大きさ、肉食性、叫び声による行動不能という要素は、1992年のゲーム資料と非常によく対応しています。そのため、笠倉出版社の本を含む近年の日本語圏のウォーターリーパー像には、ゲーム化された怪物設定の影響が及んでいる可能性があります。

第5章 大法螺話から空想世界で生き続ける神秘

ウォーターリーパーについて確認できた最古の刊本はジョン・リースが1882年に発表したウェールズ民話の記録です。その話は、老漁師イヴァン・オーウェンからウィリアム・ジョーンズへ、そしてジョン・リースへと伝えられました。しかも、イヴァン自身が見たのではなく、父親が何度も目撃したという伝聞でした。

さらに1930年、ウェールズの民俗学者T・グウィン・ジョーンズは、この逸話をウェールズの大法螺話型の民間説話の好例として扱っています。

そう考えるとウォーターリーパーは大昔の神々と戦った怪物でも、古代の英雄叙事詩に現れる魔獣でもなかった可能性が高そうです。もしかすると、雨の日の鍛冶場で漁師たちが競い合った、少し大げさな釣り話の中から生まれただけなのかもしれません。

  • 魚が釣れなかった。
  • 餌だけを取られた。
  • 釣り糸が何かに引かれた。
  • 湖の近くでは羊が消える。

こうした出来事をつなぎ合わせ「犯人は脚の代わりに尾と翼を持つ怪物だった」と語れば聞いている人は引き込まれます。しかも語り手が一度も笑わず聖人のような顔で話したのなら、なおさら面白かったでしょう。

しかし法螺話だった可能性が高いからといって、この怪物に価値がないわけではありません。むしろ私はそこにウォーターリーパー最大の神秘を感じます。

名もない釣り人の話は本来なら鍛冶場の火が消え、語り手たちが亡くなった時点で失われていたはずです。それをジョーンズが覚えており、リースが紙の上に残しました。20世紀になると辞典の中で巨大な水の悪霊となりゲームの世界では魚の尾と鋭い牙、滑空能力、仲間と狩りをする生態まで手に入れました。そして21世紀の日本では、幻獣辞典の一頁を泳いでいます。

最初から完成された怪物ではなかった。語られるたびに身体の一部を増やし世界を渡るたびに新しい能力を獲得してきた。実在する身体を持たなくても物語の中で成長することはできるのです。一人の漁師の大法螺だったかもしれない怪物が、百年以上を経ても忘れられず、ゲームや本の中で今なお人間を驚かせている。その歩みそのものが、ウォーターリーパーに与えられた本当の魔法なのかもしれません。

参考資料・出典

  • John Rhŷs, “Welsh Fairy Tales,” Y Cymmrodor, Vol. V, 1882, pp. 52–53。
  • John Rhŷs, Celtic Folklore: Welsh and Manx, Vol. I, Clarendon Press, 1901, pp. 79–80。
  • T. Gwynn Jones, Welsh Folklore and Folk-Custom, Methuen, 1930, p. 106。
  • Katharine Briggs, An Encyclopedia of Fairies: Hobgoblins, Brownies, Bogies, and Other Supernatural Creatures, Pantheon Books, 1976, p. 270。
  • Graeme Davis, HR3 Celts Campaign Sourcebook, TSR, 1992。Water Leaper収録データ(ゲーム用設定)
  • 幻想世界を歩む会『幻想世界 幻獣事典』笠倉出版社、2011年、ウォーター・リーパー項
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