はじめに―3行で違いを説明
- 「侍」は貴人に仕える人や社会の中で一定の身分を認められた人を表す呼び名として使われました。
- 「武士」は武芸や軍事に関わる人を表す言葉で「何をする人か」という側面に重点があります。
- ただし両者の意味は重なり時代や史料によって使い方が異なるため「主君がいれば侍、いなければ武士」とは一律に区別できません。
一章 侍とは?

貴人の家に仕える「侍」
侍と聞くと刀を差して主君のために戦う姿を思い浮かべるかもしれません。しかし古い史料に登場する侍を理解するには、戦闘だけでなく貴人の家に仕える立場にも目を向ける必要があります。
『今昔物語集』巻第二十六・第十七話には藤原利仁とある殿に長年仕える「五位の侍」が登場します。殿の大饗が終わると、残された料理を侍たちが食べその中の五位の侍が芋粥を十分に食べたいと口にする場面です。
ここで侍を説明しているのは戦場での活躍ではなく、殿の家との関係です。「侍」という語が貴人の家に属して仕える人を表す用例として確認できます。
ただしこの人物が軍事に一切関わらなかったとまでは書かれていません。「戦闘場面ではない」ことと「非武装の文官だった」ことは区別する必要があります。
なお『今昔物語集』は説話集です。この話をそのまま実際に起きた事件の記録として扱うことはできません。本記事では作品中で「侍」がどのような人に使われているかを知る史料として用いています。
鎌倉時代には刑罰の違いにも関わる言葉だった
侍が単なる「誰かに仕える人」という意味では収まらないことは貞永元年(1232)の『御成敗式目』からも分かります。
第十三条では人を殴った罪について侍には所領の没収、所領がない場合には流罪を定める一方、「郎従以下」には身柄を拘束する処分を定めています。第十五条でも文書偽造の罪について「侍」と「凡下」を分けています。[2]
つまり、この法令の「侍」は、処罰の方法を左右する身分上の区分でもありました。奉仕する者を全員まとめて侍と呼んでいるわけではありません。
また、所領のない侍への処分も書かれているため「土地を持っていれば侍」という区別もこの条文には合いません。
二章 武士とは?

武や軍事に関わる人を表す
「武士」という言葉の軍事的な意味を確認する手がかりが17世紀初頭の『日葡辞書』です。日本語をポルトガル語で説明したこの辞書では「Buxi(ぶし)」と「Saburai(さぶらい)」に異なる説明が付されています。
以下の短い原文は高須芳之介の学術論文に引用された該当項目によります。原本画像との照合は未了です。
原文転写
Buxi. Soldado.
Saburai. Fidalgo, l, homem honrado.
単語ごとの対応
| 原文 | 対応する日本語 |
|---|---|
| Buxi | ぶし |
| Soldado | 兵士・軍人 |
| Saburai | さぶらい |
| Fidalgo | 貴族・身分ある人 |
| l | または、という選択を示す略記 |
| homem | 人・男性 |
| honrado | 尊敬される・名誉ある |
自然な日本語訳
武士:兵士・軍人。
侍:貴族、または尊敬される人。
訳文に推測で人物や事情を補った箇所はありません。ただし「貴族」という訳語を日本の公家という特定の集団にそのまま置き換えることはできません。
この辞書の説明では武士には軍事上の役割、侍には身分や社会的な評価が前面に出ています。もっとも外国語による短い語釈なので当時の日本社会の身分制度をこれだけで説明し尽くすことはできません。
古い史料では「兵」という呼び名にも注目したい
『今昔物語集』巻第二十五・第三話は源宛と平良文を「二人の兵」として登場させます。二人が軍勢を率い、馬に乗って弓を射合う姿が描かれています。この話で使われる呼称は「兵」であり記事の説明に合わせて原文を「武士」と書き換えてはいけません。一方、軍勢を率い、武芸で競う人物像は武に関わる人々を考える具体例になります。ここでも一騎打ちが実際にそのとおり行われたと断定するのではなく説話に描かれた軍事的な人物像として読む必要があります。
三章 侍と武士の違い

次の表は今回の3史料の用例から整理したものです。全時代に共通する厳密な身分一覧ではありません。
| 比較する点 | 侍 | 武士 |
|---|---|---|
| 意味の重点 | 貴人との奉仕関係、身分、社会的な位置 | 武芸や軍事上の役割 |
| 『今昔物語集』の手がかり | 殿の家に長年仕える「五位の侍」 | 軍事的な人物として「兵」と呼ばれる源宛・平良文。ただし原文の呼称は「武士」ではない |
| 『御成敗式目』での扱い | 「郎従以下」「凡下」と分けて処罰を規定 | 今回取り上げた条文は「侍と武士」の二分類を定めたものではない |
| 『日葡辞書』の語釈 | 貴族、または尊敬される人 | 兵士・軍人 |
| 主君の有無だけで決まるか | 今回の史料から、そのような一律の定義はできない | 「主君がいない者」という意味ではない |
| 両者の関係 | 武の役割と侍の立場は重なり得る | 侍と必ず別の集団を指すわけではない |
「侍は立場、武士は武の役割に重点がある」と整理すると違いをつかみやすくなります。ただしこれは用例を比べた説明であって歴史上のすべての人を機械的に分類できる公式ではありません。
四章 何故区別されるようになったのか?

人を見るときの着眼点が違う
「もともと同じ意味の言葉だったものをある日から二つに分けた」ではありません。
『今昔物語集』の侍は貴人の家との関係の中に現れ『御成敗式目』の侍は法的な身分区分として現れます。一方、『日葡辞書』の武士には兵士・軍人に当たる説明があります。
ここからの整理・解釈として二つの言葉は人の異なる側面を表していたと考えられます。誰に仕え、どのように扱われる人かという側面と武や軍事に関わる人かという側面です。
同じ人物が両方の側面を持つことは矛盾しません。そのため侍と武士を常に別々の集団として描くとかえって用例を理解しにくくなります。
身分の違いは呼び方だけの問題ではなかった
『御成敗式目』では侍か、それ以外の区分に属するかによって処罰が変わります。したがって「侍」という呼び名には、社会の中でその人がどう扱われるかという具体的な意味がありました。
ただしこの法令が侍という身分を初めて作ったと書かれているわけではありません。区別が確認できることと、区別の始まりが分かることは別です。
「主君がいるかどうか」だけでは説明しきれない
「侍は主君に仕える武士」という説明は奉仕関係を理解する入口にはなります。しかしそれだけでは『御成敗式目』に見られる侍と郎従以下の区別や『日葡辞書』の身分を重視した語釈を十分に説明できません。
侍と武士の違いを考える際には、主君の有無だけでなくいつの時代のどの史料で何を説明するために使われた言葉なのかを見ることが大切です。
参考資料・出典
- 今昔物語集
- 御成敗式目
- 日葡辞書



コメント