歴史の記事を読んでいると、「一次資料によれば」「一次史料に書かれている」という表現をよく見かけます。なんとなく「一次資料=最も正しい資料」という印象を受けますが実際にはそうではありません。一次資料とは真実であることを保証された資料ではなく、調べたい出来事や人物に直接近い資料です。日記を書いた人が勘違いしていることもあれば、公文書に組織の都合が反映されていることもあります。つまり一次資料を発見したところが歴史研究のゴールではありません。むしろそこから「誰が、いつ、何のために作ったのか」を考える作業が始まります。
一次資料を3行で言うと
- 一次資料は、調べたい出来事・人物・時代に最も直接近い記録・証言・物です。
- 「一次」であることは、内容が正しいことを保証しません。
- 原本・最古資料とも別の概念で、作成事情と他の資料との照合が必要です。
1.一次資料とは何か
歴史上の出来事そのものを、現代人が直接見ることはできません。
私たちが見ることができるのは、その出来事について残された文書、写真、映像、証言、道具、建物などの「痕跡」です。歴史学では、過去を考える材料を一般に「史料」と呼びます。
国立国会図書館は、文献だけでなく、口頭伝承、金石文、絵画、録音、映像、遺物、遺跡なども広い意味で史料になると説明しています。
そのうえで、文献史料について「そのとき・その場で・その人が」という条件を満たすものを、一次史料の目安としています。
代表例は次のようなものです。
- 当事者の日記や手紙
- 政府や役所が作成した公文書
- 契約書、命令書、報告書
- 同時代の新聞
- 写真、録音、映像
- 裁判記録
- 遺跡、武器、貨幣、陶器などの遺物
- 当事者や目撃者への聞き取り記録
ただし、一次資料の範囲には分野や研究者による違いがあります。
国立国会図書館の説明は、出来事と同時期・同じ場所・当事者であることを重視した比較的狭い定義です。一方、UCLA歴史学部の解説では、事件後に刊行された回想録や自伝も、当事者の証言として一次資料に含めています。
したがって、「一次資料か、二次資料か」だけで判断するよりも、次のように具体的に表現した方が正確です。
- 事件当日に作成された公文書
- 事件の翌日に書かれた日記
- 30年後に刊行された当事者の回想録
- 事件を見ていない人物が編集した年代記
- 後世の研究者が史料を分析した論文
同じ「一次資料」でも、事件当日の記録と30年後の回想録では、時間的な距離や記憶の変化という条件が異なるからです。
また、何が一次資料になるかは、研究する問いによって変わります。
たとえば『三国志演義』は、3世紀の戦争が実際にどう行われたかを調べる一次資料とはいえません。しかし、明代の人々が三国時代をどのように物語化したかを研究するなら、重要な一次資料になります。
一次資料とは、資料そのものに永久に貼られた階級章ではありません。
「何を調べるために使うのか」という、研究上の関係を示す言葉なのです。
参考:国立国会図書館「歴史史料とは何か」、UCLA Department of History “Primary & Secondary Sources”

2.一次資料と二次資料の違い―そもそも何次資料まであるのか
資料は一般に、一次資料、二次資料、場合によっては三次資料に分けられます。
ただし、「四次、五次、六次……」と無限に続く、世界共通の厳密な階級制度があるわけではありません。歴史学では一次資料と二次資料の区別が中心で、三次資料という言葉を使うかどうかも分野によって異なります。
| 分類 | 主な役割 | 代表例 |
|---|---|---|
| 一次資料 | 出来事・行為・認識を直接記録する | 日記、手紙、公文書、写真、証言、遺物 |
| 二次資料 | 一次資料を分析・比較・解釈する | 歴史書、研究論文、評伝、判例評釈 |
| 三次資料 | 既存の研究を整理し、概要や検索手段を提供する | 百科事典、概説書、年表、参考事典など |
| 四次資料以降 | 統一された一般的分類はない | 分野ごとの特殊な用法を除き、通常は使わない |
たとえば、ある武将が残した手紙は一次資料です。その手紙を分析した歴史学者の論文は二次資料になります。複数の研究をまとめた歴史事典は三次資料に近いものです。しかし、この分類は資料の優劣を示すものではありません。一次資料だけを読んでもその文書が置かれた政治的・社会的背景を理解できない場合があります。二次資料にはそれまでに発見された多数の一次資料を比較し、先行研究を整理した価値があります。優れた歴史研究は一次資料と二次資料のどちらか一方を選ぶのではなく、両方を往復します。一次資料から事実関係を確認し二次資料から研究史や異なる解釈を学び再び一次資料に戻って検討するのです。

3.一次資料・原本・最古資料は同じではない
一次資料、原本、最古資料は、よく混同されます。しかしそれぞれ異なる問いに答える言葉です。
| 言葉 | 答えている問い |
| 一次資料 | 調べたい出来事や人物に、どれほど直接関係しているか |
| 原本 | 現物または最初に作成された文書そのものか |
| 最古資料 | 現在確認できる資料の中で、最も古いものか |
本人が自筆した手紙であれば一次資料であり、原本でもあります。一方、当時の役所で作成された控えや写しは、原本ではなくても、同時代の行政実務を示す一次資料になり得ます。また現在残っている最古の年代記が、事件から300年後に編纂されたものだったとします。その年代記は「現存する最古の記録」ではありますが、事件と同時代の記録でも目撃証言でもありません。したがって次のような書き方には注意が必要です。
この伝説は最古資料に書かれている。だから事実である。
最古資料から確認できるのは基本的には「遅くとも、その資料が成立した時期には、この話が存在した」ということです。その物語が出来事の当時から存在したのか後世に作られたのかは別に検討しなければなりません。

4.一次資料だから正しいとは限らない
一次資料は出来事に近いという長所を持っています。しかし、出来事に近いことと内容が正しいことは別問題です。人間は見間違えます。聞き間違えます。忘れます。そしてときには自分を守るため、敵を悪く見せるため、上司を喜ばせるために事実を曲げます。
一次資料には、次のような問題が入り込む可能性があります。
- 書き手の記憶違い
- うわさや伝聞の混入
- 政治的な宣伝
- 戦果や功績の誇張
- 失敗や不都合な事実の省略
- 後世の読者を意識した自己正当化
- 作成者が知ることのできた範囲の限界
- 写本や転記の際に生じた誤り
- 改竄、追記、偽造
国立国会図書館も日記には誤りや不完全な記述があり得るうえ、後世を意識して書かれている場合もあると注意を促しています。たとえば戦争中の公式発表は、その政府が当時どのような情報を公表したかを知るうえでは重要な一次資料です。しかしそこに記載された戦果が、そのまま実際の戦果を示すとは限りません。
新聞も同様です。同時代の新聞は「当時、何が報道されたか」を示す一次資料ですが、新聞記事に書かれたすべての出来事が事実であることまで保証するものではありません。逆に内容が間違っている資料にも歴史的価値があります。
ある日記の記述が誤りだったとしても、「筆者がそのように認識していた」「そのようなうわさが広まっていた」という事実を調べる資料にはなります。偽文書でさえ、主張されている古代の出来事を証明する資料にはならなくても、「いつ、誰が、何の目的で偽文書を作ったのか」を研究する一次資料になり得ます。一次資料は真実の証明書ではありません。それは、過去の人間が残した証言台です。証言台に立っているからといって必ず正しいことを話しているとは限らないのです。

5.歴史学で行われる史料批判
史料の成立事情や信頼性を検討する作業を「史料批判」と呼びます。東京大学史料編纂所は、歴史学研究の基礎として、史料の収集、精確な読解、史料批判を挙げています。また、文字を読むだけでなく、史料の様式、機能、形態、素材、伝来、史料群の形成過程まで調べる必要があると説明しています。史料批判は、便宜上「外的批判」と「内的批判」に分けて考えると分かりやすくなります。
外的批判――その資料は何者なのか
外的批判では資料の成立や伝来を調べます。
- 誰が作成したのか
- いつ、どこで作成されたのか
- 本物なのか、偽物なのか
- 原本、写本、控え、後世の複製のどれか
- 筆跡、紙、墨、印章、書式は時代と一致するか
- どのような経路で現在まで伝わったのか
- 後世の追記や改変はないか
- 前後の頁や付属文書が失われていないか
「有名な人物の署名がある」というだけでは十分ではありません。その署名が本人のものか、文書全体が同時期に作られたか、後世に署名だけが加えられていないかを確認する必要があります。
内的批判―書かれている内容はどこまで信用できるのか
内的批判では資料の内容と作成者の立場を検討します。
- 書き手は出来事を直接見たのか
- 誰かから聞いた話なのか
- 出来事から記録まで何年経過しているか
- 誰に読ませるために書いたのか
- 書き手に誇張や隠蔽をする動機はなかったか
- 日記、報告書、宣伝文書、文学作品など、どのような性格の文書か
- 他の独立した資料と一致するか
- 矛盾する資料は存在するか
- 何が書かれていないか
ここで重要なのが「独立した資料」との照合です。同じ内容を掲載したウェブ記事が10本見つかっても、すべてが同じ新聞記事を転載しているなら、独立した証拠が10件あることにはなりません。資料の数ではなく、情報がどこから来たのかを遡る必要があります。また、史料に記述がないことも、直ちに「その出来事は存在しなかった」という証明にはなりません。書く必要がなかった、意図的に省略した、該当部分が失われた、といった可能性があるからです。史料批判とは、資料を疑って捨てる作業ではありません。その資料が「何を証明でき何を証明できないのか」を見定める作業なのです。

6.裁判では文書をどう判断するのか
歴史学と裁判はどちらも文書や証言から過去の出来事を考えます。しかし目的と手続は異なります。歴史学は、過去についてできる限り妥当な説明を組み立てることを目指します。一方、裁判は、特定の事件について、法律と訴訟手続に従って判断を下します。
日本の裁判で文書を扱う場合、少なくとも次の問題を分けて考える必要があります。
| 問題 | 意味 |
| 成立の真正 | その文書が、作成者とされる人物の意思に基づいて作られたか |
| 証拠能力 | 法廷で証拠として用いることができるか |
| 証明力 | その文書が、争われている事実をどの程度強く証明するか |
| 事実認定 | 他の証拠も含め、裁判所が最終的にどの事実を認めるか |
「本物の文書」と「内容が真実」は別問題
民事訴訟法228条1項は文書について、その成立が真正であることを証明しなければならないと定めています。また、文書の方式や趣旨から公務員が職務上作成したと認められる場合や、私文書に本人または代理人の署名・押印がある場合には、真正に成立したものと推定する規定があります。ただし成立が真正であるというのは、基本的に「その人物の意思に基づいて作られた文書である」という問題です。
そこに書かれた内容がすべて真実であるという意味ではありません。たとえば本人が自分の意思で作成した報告書でも内容に誤解や虚偽が含まれている可能性はあります。
民事訴訟法247条は裁判所が口頭弁論の全趣旨と証拠調べの結果を考慮し、自由な心証によって事実を判断することを定めています。したがって一通の文書だけで機械的に決まるのではなく作成経緯、内容の具体性、他の証拠との一致、作成者の利害関係などが総合的に検討されます。
刑事裁判では伝聞法則も問題になる
刑事訴訟法317条は事実の認定は証拠によるとし、318条は証拠の証明力を裁判官の自由な判断に委ねています。
一方、刑事訴訟法320条以下には伝聞証拠に関する規定があります。法廷外で行われた供述を記載した文書は反対尋問を経ていないなどの理由から原則としてそのまま証拠にできない場合があります。ただし法律が定める例外もあります。刑事訴訟法323条は公務員が職務上証明できる事実について作成した文書、商業帳簿、航海日誌、通常の業務過程で作成された文書、特に信用できる状況で作成された文書などを挙げています。航海日誌は歴史研究では典型的な一次資料です。しかし裁判では「一次資料だから採用される」のではなく刑事訴訟法が定める証拠の条件に従って判断されます。
つまり
歴史学上の一次資料であること
=裁判で証拠として使用できること
=内容が真実であること
ではありません。
参考:e-Gov法令検索「民事訴訟法」、e-Gov法令検索「刑事訴訟法」
※以上は日本の証拠法に関する一般的な説明です。具体的事件では事件の種類や争点によって扱いが異なります。
7.裁判記録が未来の歴史資料になる
裁判記録は現在の紛争を解決するために作られます。しかし時間が経過すれば、社会制度、生活実態、人間関係、差別、産業、災害、犯罪、政治などを研究する貴重な歴史資料になります。裁判記録には次のような文書が含まれる場合があります。
- 訴状や答弁書
- 当事者の準備書面
- 証人や当事者の供述記録
- 契約書、写真、日記などの提出証拠
- 鑑定書
- 判決書や決定書
ただしこれらを一括して「裁判所が認めた真実」と考えてはいけません。
訴状や準備書面は当事者が自分の立場から行った主張です。証人の供述はその人物の記憶と認識を記録したものです。判決書に記載された認定事実は提出された証拠と訴訟手続の範囲で裁判所が認定した事実です。したがって判決書は「裁判所が何を認定し、どの法律をどのように適用したか」を調べる一次資料ですが事件に関するあらゆる事実を完全に記録した文書ではありません。最高裁判所は史料または参考資料となるべき事件記録を特別保存する制度を設けています。新しい運用は2024年1月30日に始まり、歴史的・社会的意義を持つ記録を後世に引き継ぐ仕組みが整備されました。一般の人も、一定の事件について特別保存を要望できます。
この制度が示しているのは裁判記録が単なる「終了した事件の書類」ではないということです。今日の裁判記録は未来の歴史家が現代社会を知るための一次資料になります。ただし保存されなかった記録、非公開部分、個人情報保護のために伏せられた情報もあります。未来の歴史家が見る裁判記録も、完全な過去ではなく保存と公開の過程を通過した断片なのです。

8.デジタル画像・翻刻・現代語訳の扱い
現代の歴史研究では原本を直接閲覧せず、デジタル画像や史料集を利用する機会が増えています。
東京大学史料編纂所でも影写、謄写、写真撮影、デジタル撮影などによって史料の複製を作成し、研究や公開に利用しています。ではデジタル画像や翻刻は一次資料なのでしょうか。結論からいえば「何を見たのか」を正確に区別して書く必要があります。
| 閲覧したもの | 基本的な扱い | 注意点 |
| 原本 | 物理的な史料そのもの | 紙、墨、印章、綴じ方なども確認できる |
| デジタル画像・写真 | 原資料を写した複製 | 原本そのものではないが、一次資料の内容を確認できる |
| 翻刻 | 原文を活字化したもの | 校訂者の判読や文字の選択が介在する |
| 現代語訳 | 原文を現代語に訳したもの | 訳者の解釈が加わる |
| OCR・AIによる文字起こし | 読解の補助手段 | 誤認識を前提に、必ず画像や校訂版と照合する |
翻刻は原文に接近するための非常に重要な手段です。ただし、崩し字の判読、異体字の処理、欠損部分の補足、句読点の追加など編集者の判断が介在しています。
現代語訳ではその介在がさらに大きくなります。特定の言葉の意味や細かなニュアンスが論点になる場合は現代語訳だけでなく翻刻やデジタル画像まで遡る必要があります。自分で翻刻・翻訳する場合は、次のように区別すると読者が検証しやすくなります。
【原文】
史料に書かれた文字を可能な限りそのまま示す。
【翻刻】
異体字などを読みやすい文字に直す。読めない部分は[判読不能]とする。
【現代語訳】
補った言葉は[ ]で示し、推測を含む場合は注記する。
デジタル画像も翻刻も現代語訳も原本を見るための「窓」です。窓から景色を見ることはできますが窓ガラスそのものが存在しないことにはできません。どの窓を通して見たのかを明記することが重要です。
10.まとめ
一次資料について、重要な点をまとめます。
- 一次資料は、調べたい対象に直接近い記録、証言、物である
- 一次資料の範囲は、分野や研究上の問いによって変わる
- 一次資料と二次資料は、単純な優劣関係ではない
- 三次資料という分類はあるが、何次までという世界共通の上限はない
- 一次資料、原本、最古資料は、それぞれ別の概念である
- 一次資料に書かれた内容が正しいとは限らない
- 歴史学では、作成者、年代、伝来、目的、情報源などを史料批判する
- 裁判では、文書の成立の真正、証拠能力、証明力を分けて考える
- 裁判記録は、将来の社会を研究する歴史資料になる
- デジタル画像、翻刻、現代語訳は、どの形で確認したかを明記する
一次資料を読む魅力は過去の人間の声を、距離を越えて聞けることにあります。
しかしその声は必ずしも正確ではありません。記憶違いもあれば、うそも沈黙もあります。だからこそ史料を作った人の立場や恐れ、欲望まで見えてくることがあります。歴史に誠実であるとはすべてを断言することではありません。分かることと分からないこと史料に書かれていることと自分が考えたことをできる限り正確に分けることです。一次資料は歴史論争を一撃で終わらせる「切り札」ではありません。複数の資料と向き合いその声を慎重に聞くための出発点なのです。
主な参考文献・参照法令
歴史学・史料学関係
- 国立国会図書館「歴史史料とは何か」
史料の範囲、一次史料の定義、日記や書簡を利用する際の注意点を参照。 - 東京大学史料編纂所「事業―史料研究」
史料の収集、読解、史料批判、複製、デジタル画像、翻刻・編纂について参照。 - UCLA Department of History “Primary & Secondary Sources”
一次資料・二次資料の定義、回想録の位置付け、著者・目的・読者・偏りを検討する必要性を参照。
法学・司法制度関係
- e-Gov法令検索「民事訴訟法」
特に228条の文書の成立と、247条の自由心証主義を参照。 - e-Gov法令検索「刑事訴訟法」
特に317条・318条の証拠評価、320条以下の伝聞法則、323条の文書を参照。 - 最高裁判所「事件記録等の特別保存について」
歴史的・社会的意義を持つ裁判記録の特別保存制度を参照。
※法学では、歴史学の「一次資料」にそのまま対応する統一的な証拠区分があるわけではありません。そのため本記事では、文書の成立、証拠評価、伝聞法則、裁判記録の保存を定める法令・裁判所資料を参照しました。

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