【中世】ウエパルとは?人魚の姿で海を操るソロモン72柱の悪魔

目次

ウエパルの概要

海を荒らし、水平線を船団で埋め尽くし、人間の傷口にまで恐ろしい力を及ぼす。ウエパルは、人魚の姿と不気味な能力をあわせ持つ悪魔です。ウェパル、ヴェパルとも表記され、古い資料では「Vepar」別名「Separ」と記されています。

確認できた範囲で名前と能力がそろう最古の確実な印刷記録はヨハン・ヴァイヤーが1577年に刊行した『悪魔の偽王国』です。母体となる著作の初版は1563年ですが、この悪魔目録が加わったのは1577年の第5版。

この目録でウエパルは第33項に登場し29軍団を率いる偉大で強力な公爵とされています。姿はラテン語で「セイレーンに似る」と説明されますが、髪の色や装飾品など、細かな容姿は書かれていません。

続く1584年、レジナルド・スコットの『魔女術の発見』に収められた英訳では、その姿が「人魚」と表現されました。ただし本文は男性代名詞で扱っています。「女性の悪魔」と断定するよりも、「女性型の人魚の姿で現れる悪魔」と捉えた方が、原資料の表現に近いでしょう。

ウエパルの人との関わり

海と船を動かす力

魔術書におけるウエパルと人間の関係は、海辺で偶然出会う怪物の目撃談ではありません。中心にいるのは、悪霊を呼び出し、その力を利用しようとする召喚者です。

『ゴエティア』のウエパルは、水域と武器・防具を積んだ船を導き、召喚者の求めに応じて海を荒れさせ船でいっぱいに見せるとされています。航行を助けるような役割と海を恐ろしい状況に変える役割が、同じ存在に与えられているのです。

もし水平線いっぱいに船影が現れたなら、それを見る人間はどれほど動揺するでしょう。敵の大艦隊が来たのか、それとも幻なのか。ここから「海を渡りたい」「敵を恐れさせたい」という人間の願望を読み取ることもできます。ただし、これは記された能力から考えられる解釈であり、具体的な海戦でウエパルが使われたという記録ではありません。

「三日で殺す」は、最古資料と英訳で違う

もう一つの能力が傷を腐敗させそこに虫を生じさせる力です。

ヴァイヤーのラテン語では、召喚者の敵を三日間そのような傷で害する一方、仕事が終わると全員が癒やされると記されています。「必ず三日で死ぬ」という説明ではありません。

しかしスコットの英訳では「三日で人を殺す」という意味に変わります。その直後には治療可能との説明も残っており読みづらい内容になっています。1886年復刻版の編者もこの英訳とラテン語の食い違いを指摘しました。後の『ゴエティア』は「三日で死なせる」という説明を引き継ぎ治癒についての一文を載せていません。よく知られたウエパル像は最初から完成していたのではなく、翻訳や編集を経て変化したものなのです。

ソロモンの神として?正しくは「72柱の悪魔」

ソロモン72柱」という呼び方にはどこか神々の集まりのような響きがあります。しかし『ゴエティア』が描くのはソロモンが崇拝した72の神ではなく彼に呼び出され、従えられたとされる悪霊たちです。

このソロモンとの関係は魔術書が掲げる伝説上の枠組みです。ウエパルについてもソロモン王と対話した場面や、ともに航海した物語が個別に語られるわけではありません。

ヴァイヤーが掲載した目録は69霊で、ウエパルは第33項でした。一方、『ゴエティア』では72霊の第42番となります。これは強さが33位から42位へ下がったという意味ではなく目録の掲載順が変わったということです。

『ゴエティア』にはウエパルを示す個別の印章も付いています。姿や能力だけでなく、呼び出す相手を識別する記号まで備わり、儀式の中で扱われる存在として整理されているのです。

この体系を眺めていると人間の想像力の不思議さを感じます。恐ろしい存在に名前を付け、爵位を与え、役割を分ける。理解できない力を理解できる秩序の中へ収めようとする発想にも見えるのです。

もっとも目録を掲載した人が、その実践を勧めていたとは限りません。ヴァイヤー自身は読者への序文で、模倣を防ぐために語句を省いたと説明しています。悪魔の記録は、信じる人だけでなく、批判する人の手によっても残されました。

海の恐ろしさと人間の願いが重なる存在

ウエパルを調べていて私が最も惹かれたのは人魚の姿そのものよりも、その力の向こう側に見える人間の気持ちでした。無事に海を渡りたい。敵に負けたくない。自分ではどうにもできない状況を何とか変えたい。そうした願いが海や船を操る悪魔の姿に重なって見えるのです。

広い海を前にすれば人間は小さい。遠くに船影が見えてもそれが味方なのか敵なのかすぐには分からない。美しい景色が、次の瞬間には恐怖へ変わる。その落差を思い浮かべると、人魚の姿をしたウエパルが、ただの美しい幻獣ではないことに妙な説得力を感じます。

そして「三日間害する」という記述が、英訳では「三日で殺す」へ変わったことにも驚かされました。たった一つの表現の違いで、後世に伝わる恐ろしさが変わってしまう。怪物は物語の中だけでなく、翻訳する人、書き写す人、読み直す人の手によっても姿を変えていくのでしょう。古い資料まで戻ると夢が壊れるのではないか。そう思うこともあるかもしれません。しかし私はむしろ逆だと感じます。

完成された悪魔の紹介だけを読むよりもその姿が少しずつ形づくられてきた過程を知る方が、ずっと面白い。ウエパルの向こう側には、海を恐れながら、それでも海へ出ていこうとする人間の想像力がある。そう考えると、この不気味な人魚が、少しだけ身近な存在にも思えてくるのです。

参考資料

  • ヨハン・ヴァイヤー『Pseudomonarchia daemonum(悪魔の偽王国)』(1577年)
  • レジナルド・スコット『The Discoverie of Witchcraft(魔女術の発見)』(1584年)
  • 『Lemegeton(レメゲトン)』第1部『Goetia(ゴエティア)』。第42霊「Vepar」および冒頭の72霊に関する記述
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