海賊と私掠船の違いとは?「国家公認の海賊」だけでは分からない仕組み

目次

はじめに 3行で分かる違い

  • 海賊は正当な公的権限に基づかず海上で略奪などを行う者です。
  • 私掠船(しりゃくせん)は国家などの許可を受け定められた範囲で敵の船や積荷を捕らえる民間の武装船です。
  • 違いの中心は船の見た目や船長の性格ではなく、行動を認める権限とその範囲にあります。

※この記事では、主に近世から19世紀の欧米の海上活動を扱います。制度の細部は国や時代によって異なります。

海賊と私掠船は何が違うのか?

大砲を積んだ船が商船を追いかけ乗り込んで積荷を奪う。その場面だけを見ると海賊も私掠船も同じに見えるかもしれません。しかし私掠船には敵の船などを捕らえるための公的な許可がありました。その許可状は一般に「私掠免許状」と呼ばれ英語では letters of marque などと表されます。

ここで大切なのは許可が認める範囲です。「国のために働いている」と船長が名乗るだけでは足りず許可の内容に従って活動する必要がありました。

実際に1812年のアメリカの「私掠船への訓令」は船長に対して委任状と法律を常に念頭に置くよう求めています。さらに中立国の権利や敵船の乗組員の扱いについても指示していました。これは私掠が単なる放任された略奪とは異なる制度だったことを示します。なお厳密には「海賊」は人や集団「私掠船」は船を指します。人同士を比べるなら「海賊と私掠船の船長・乗組員」船同士なら「海賊船と私掠船」という関係です。

海賊・私掠船・海軍を比較

比較する点海賊私掠船海軍
基本的な立場正当な公的権限によらず略奪などを行う者公的な許可を得て活動する民間の武装船国家の軍事組織
行動の根拠私掠のような正当な委任を持たない私掠免許状などの委任国家の軍事命令
攻撃・拿捕の対象合法的な私掠の対象制限に従う立場ではない許可と適用される規則で認められた対象戦争に関する規則と命令に従う対象
奪った船や積荷略奪として取得する適法な捕獲かどうかの審査に付す仕組みがある捕獲物の審査制度が適用される場合がある
利益との関係略奪による利益を得る捕獲した船や積荷からの利益が重要軍務として活動するが、捕獲賞金の制度もあった

この表は基本的な整理です。「海賊は必ず無差別に襲う」「海軍は利益と無関係」とまで考えると、かえって実態から離れてしまいます。

私掠船の特徴は、民間の利益を求める活動が、国家の対敵行動に組み込まれていたことにあります。

私掠免許状は「何でも奪ってよい許可証」ではない

私掠船を「国家公認の海賊」と呼ぶと仕組みをつかむ入口にはなります。しかし、それだけでは制限が見えません。

先ほどの1812年の訓令では中立国の権利を尊重し中立船に対する妨害を必要最小限にするよう求めています。また敵船とその乗組員に対しても公正さと人道をもって行動するよう指示しています。

さらに捕らえた船の船長などを裁判官のもとへ送り船と積荷の所有関係について宣誓のうえで調べることが定められていました。船内で見つかった船荷証券、送り状、手紙などの文書も改変や抜き取りをせず提出するよう求めています。

つまり海上で船を押さえたからといってそれだけですべてが片付いたわけではありません。「誰の船か」「誰の荷物か」を確かめる手続きがありました。ただしこれは定められた規則の話です。規則が存在したことと、すべての私掠船が守ったことは別です。この訓令だけから、実際の乗組員の振る舞いまで一律に判断することはできません。

私掠船ならいつでも合法だったのか?

私掠船だったという肩書だけでその船長の行動をすべて合法と判断することはできません。

確認すべきなのは問題となる航海や襲撃についてどのような許可があり、何が認められていたかです。許可された範囲を外れた行動まで免許状が正当化してくれるわけではありません。また、不適法な拿捕があったからといって個々の事情を確認せずただちにすべてを「海賊行為」と決めつけるのも早計です。

歴史上の船長を調べるときは、「この人は海賊か、私掠船長か」という二択だけでなく、**「いつ、誰の許可で、誰を襲ったのか」**を見るとその立場を理解しやすくなります。

私掠はいつ廃止されたのか?

大きな節目となったのが、1856年4月16日の「パリ宣言」です。第1項は私掠の廃止を定めています。ただし宣言の末尾には、加入した国同士の間で拘束力を持つことも明記されています。そのため、「1856年に世界中で一斉に私掠船が違法になった」と説明するのは正確ではありません。私掠の廃止を国際的な取り決めとして進めた、重要な文書と捉えるのがよいでしょう。

許可状があっても襲われる恐怖は変わらない

海賊と私掠船の違いを考えるうえで公的な許可は欠かせません。しかし許可の有無に加えて、その内容や行動の範囲まで見る必要があります。

ここからは私個人の感想です。

もし自分が商船の船乗りだったら、近づいてくる武装船が立派な許可状を持っていても、安心などできないと思います。大砲を向けられ、船や荷物を失うかもしれない。襲われる側にとっては、書類の違いより、目の前の恐怖のほうが切実でしょう。一方で許可や裁判の仕組みまで無視すると、当時の国家がどのように海の戦争を行っていたのかも見えなくなります。私掠船の歴史に感じるのは、国家の戦争と個人の利益が、同じ船に乗っていたという生々しさです。冒険物語として読むと胸が躍りますが、自分がその海を航海する立場だったら、できれば遠くから眺めるだけにしておきたいものです。

↓海賊たちの紹介はこちら↓

参考資料

  • ジェームズ・マディソン「私掠船への訓令」(1812年)。ゲイラード・ハント編『ジェームズ・マディソン著作集』第8巻所収。公開PDFの150ページ。一次資料の刊本による本文を参照。
  • 「海上法に関するパリ宣言」(1856年4月16日)。イェール大学法学図書館アヴァロン・プロジェクト公開本文。第1項および末尾の適用範囲を参照。
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