戦国時代の人々は何を食べていたのか?二つの一次史料から考える食生活
はじめに
戦国時代の記録には米飯や汁、味噌による味付け、魚や海藻を食べる習慣が登場します。私がよく参考にする『多聞院日記』には米と小麦の売買も記され食生活を支える穀物の流通が見えてきます。
ただし食べ物の種類が分かることと、全国の人々の毎日の献立が分かることは別です。
『ヨーロッパ文化と日本文化』と『多聞院日記』を参考に史料に記された内容とそこから考えられることを分けて戦国時代の食生活を見ていきます。

一章 二つの史料は誰の食生活を伝えているのか
『ヨーロッパ文化と日本文化』はこれまた私が大好きな宣教師ルイス・フロイスが日本とヨーロッパの習慣を比較した著作の邦訳です。第六章では食べ物だけでなく食器や食事の作法、飲酒なども取り上げています。
一方の『多聞院日記』は奈良の興福寺多聞院に関わる僧侶たちの記録です。本稿で取り上げる永禄十年の条にも米や小麦の売買が記されています。つまり一方は外国から来た観察者の比較でありもう一方は寺院に関わる人々の生活の記録です。いずれも当時を知る手がかりですが、農民・町人・武士を全国規模で調べた食生活調査ではありません。
史料にある食べ物を紹介するときは、その記述が誰の。どこでの経験なのかを考える必要があります。
二章 米と小麦が流通していた
史料に記されていたこと
フロイスは『ヨーロッパ文化と日本文化』でヨーロッパの小麦のパンに対し日本では塩を入れずに炊いた米を日常の食べ物として挙げています。フロイスの目には米飯が日本の食事を特徴づけるものとして映っていたのでしょう。
また『多聞院日記』には次の売買記録があります。
| 品目 | 記載された数量 | 代金 |
|---|---|---|
| 米 | 一石 | 八百二十七文 |
| 小麦 | 七斗六升 | 四百文 |
この記録から奈良の寺院の生活に関わる場で米と小麦が取引されていたことが分かります。ただし米と小麦では数量が異なります。この表は同じ量の価格を並べたものではありません。

ここから考えられること
米を食べる習慣の記述と米や小麦を売買した記録を重ねると食生活を理解するには料理に加えて食材の入手にも目を向ける必要があると感じます。
作った穀物を食べるだけでなく、売る、買うという関係の中にも食料はありました。ただしこの一件だけでは農家が収穫の何割を自家用に残したのか、小麦をどんな料理に加工したのかは不明です。
三章 飯と汁そして味噌
史料に記されたこと
フロイスは日本人の食事における汁の存在を強調しています。また味噌を料理の味付けに使うことを紹介しています。ここには米飯、汁、味噌という、現代の私たちにもなじみのある要素が登場します。
余談ですが私は焼き味噌が好きで自分でみそを焼いて作りますがめっちゃうまいです。
ここから考えられること
私にはフロイスが汁に注目した点が興味深く感じられます。食事の特徴は何を食べるかという材料だけでなく飯と何を組み合わせるかにも表れるからです。米飯を食べることと汁を添えること。その組み合わせを大切にする感覚には、現代とのつながりを考える余地があります。
もっともここから直ちに戦国時代の食事を「一汁一菜」と固定したりどの階層も同じ膳を用意したと考えたりすることはできません。確かめられるのはフロイスが観察した食文化の中で飯や汁、味噌が印象に残る存在だったということです。

四章 魚と海藻にも目を向ける
史料に記されたこと
『ヨーロッパ文化と日本文化』には、日本人が魚を生で食べることを好むという観察があります。鯉を串に刺して焼く食べ方や海藻の好みについて触れられている記述も見られます。
このためフロイスの記録に登場する魚食には生で食べる方法と焼く方法があったことが分かります。穀物に加え、水辺の食材にも目を向けているところがこの史料の面白さです。
ここから考えられること
魚や海藻の記述からは戦国時代の食生活を穀物の種類だけで説明することの難しさが見えてきます。食べ物への好みや調理の仕方も当時の食文化を形づくっていたのでしょう。
ただし魚を生で食べる習慣が記されたことから内陸の農民まで毎日、生魚を食べたと広げることはできません。魚の入手頻度や保存方法を含め地域や暮らしの条件ごとに確認する必要があります。

五章 考察―戦国時代の食卓をどう捉えるか
二つの史料を読むと食生活には「食べる習慣」と「食材を手に入れる営み」という二つの面があると考えられます。フロイスの記録は、米飯や汁、味噌、魚などを通して、食べ方や好みに光を当てています。『多聞院日記』の売買記録はそれらの食事の背景を考えるうえで、穀物が取引される場面を示してくれます。
しかしこの二冊からは一人が一日にどれだけ食べたのか、農民の米と雑穀の割合はどの程度だったのか全国で一日何回食事をしていたのかは不明です。
私が大切だと思うのは分かる範囲を積み重ねることです。飯を炊くこと、汁を添えること、味を付けること、穀物を取引すること。それぞれを確かめていくと合戦を生きた人々にも、食べ物を用意して食事をする暮らしがあったことに目が向くでしょう。
戦場での食事の考察はこちら↓

最後にー食事から近づく戦国時代
戦国時代というと武将の活躍や合戦の勝敗に目が向きがちです。しかし米飯や汁、味噌、魚といった記述に触れると当時の人々の暮らしを身近に感じます。食べ物を手に入れ、料理し、味わうという営みには、現代の私たちと重ねて考えられる部分があるからです。
もちろん身近に感じることと同じ暮らしだったと考えることは別です。史料に書かれた一つの習慣をすべての人に当てはめることはできません。それでも米と小麦の取引や、汁を重んじる食べ方には当時の日常に近づく確かな手がかりがあります。
私はこうした小さな記録を丁寧に読むことで戦国時代を生きた人々を毎日の食事を必要とした生活者として捉えていきたい(考察していきたい)と思います。

参考資料・出典
- 『ヨーロッパ文化と日本文化』
- 『多聞院日記』

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