女性の海賊は実在したのか?史実と伝承から見る海賊女性たち

目次

はじめに―3行で

  • 女性の海賊は実在しアン・ボニーやメアリ・リードの活動は当時の裁判記録で確認できます。
  • ただし「女海賊」として紹介される人物には伝承上の女性や海賊とは区別が必要な君主も含まれます。
  • 女性海賊の歴史を知るには実在の記録と、後世に語られた物語を分けて読むことが大切です。

第一章 一次資料に残る女性たち

海賊と聞くと、ひげを生やした大男が剣や拳銃を振り回し船の上で怒鳴っている姿を思い浮かべるかもしれません。私自身もまず浮かんでくるのはそんな男性の姿です。しかし女性が海賊として活動していたことは単なる想像ではありません。その存在を裏づける資料が残っています。

わかりやすい例が1720年にジャマイカで裁かれたアン・ボニーとメアリ・リードです。翌1721年に刊行された『ジョン・ラカム船長およびその他の海賊たちの裁判』には二人に対する証言と判決が収められています。証人のドロシー・トマスは襲撃してきた船に二人の女性がおりそれぞれ刃物と拳銃を持っていたと証言しました。別の証言では二人が船上で積極的に働きアンが仲間に火薬を渡していたことも述べられています。裁判所は二人を海賊行為について有罪としました。これは女性が海賊船に乗っていただけでなく襲撃に加わっていたことを示す具体的な記録です。

中国にも女性の海賊指導者がいました。鄭一嫂について記す袁永綸の『靖海氛記』では張保らが彼女を共に推戴する存在として扱っています。また、清朝への投降を考える彼女の動きも記されています。こちらは裁判記録とは性格が異なる清代にまとめられた海賊討伐の記録ですが女性が海賊勢力の上位に立っていたことを知る重要な史料です。

もちろん資料が残っているからといって、そこで語られる証言や会話をすべて無条件に信じるわけではありません。それでも女性海賊を「物語の中だけの存在」とすることはできないのです。

第二章 史実と伝承に登場する女性

女性海賊として名前が挙がる人物でも資料の性格は同じではありません。ここでは実在・伝承・海賊としての位置づけを分けて紹介します。

① アビルダ/アルビダ――伝承上の女性海賊

北欧の女海賊として知られる人物です。関連する物語はサクソ・グラマティクスの『デンマーク人の事績』第七巻に登場するアルフヒルドに見られます。男性の服装をまとい、仲間を集め、海賊の指導者になる女性として描かれています。ただしこれは伝承として扱うべき物語です。この記述だけで、実在の女性海賊だったとすることはできません。

② アルテミシア――実在した君主・艦隊指揮官

古代のハリカルナッソスなどを治めた女性です。ヘロドトスの『歴史』第七巻99節には五隻の船を提供してペルシア側の遠征に参加したと記されています。ここで確認できるのは君主として艦隊を率いた姿です。

③ アン・ボニー――裁判記録に残る女性海賊

カリブ海でジョン・ラカムの一味として活動しました。1720年の裁判では武器を持つ姿や火薬を仲間に渡す行動が証言されています。実在と海賊活動を当時の記録から確認できる人物です。

④ メアリ・リード――アンとともに裁かれた女性海賊

アンと同じ海賊船に乗り1720年11月28日の裁判で海賊行為について有罪とされました。アンと並び女性海賊の実在を考えるうえで確かな記録を持つ人物です。

⑤ グレイス・オマリー――海賊活動にも携わった海上勢力の指導者

16世紀のアイルランド西岸で活動した女性です。交易や海上の通行料徴収、略奪に関わり陸と海に勢力を持ちました。

英国王立グリニッジ博物館の解説では当時のイングランド公文書に彼女の請願や政治的な交渉が残ることも紹介されています。単に船を襲う海賊というだけでは捉えきれない人物です。出典:「グレイス・オマリーの非凡な生涯」

⑥ ジャンヌ・ド・ベルヴィル――海賊としての逸話には注意が必要

ジャンヌ・ド・クリソンとも呼ばれる14世紀のフランスの貴族女性です。夫の処刑への復讐から海賊になった人物として紹介されています。参照:「海賊人物紹介――ジャンヌ・ド・クリソン」

⑦ 鄭一嫂/チェン・イー・サオ――中国の女性海賊指導者

清代の中国南部で活動した海賊指導者です。『靖海氛記』には海賊たちから推戴され投降をめぐる動きにも関わる姿が記されています。剣を振るう個人の勇猛さだけでなく、集団を動かす女性の権力という面からも注目したい人物です。

⑧ ヘルヴォル/ヘルヴォール――北欧のサガに登場する女性

『ヘルヴォルとヘイズレクのサガ』に登場する女性です。物語では、父の墓から剣を受け取り海賊活動を続けたと語られています。こちらも実在を確認した女性海賊としてではなく北欧の英雄伝承に登場する人物として読む必要があります。サガは、こうした女性像が物語として伝えられていたことを知る資料です。

第三章 なぜ「海賊=男」というイメージが強いのか――私見

ここからは史料で確定した説明ではなく私個人の考えですが私は海賊を小説や映画に登場させるとき「野蛮で獰猛な人物」として男性を描くほうが、作者にも読者にも想像しやすかったのではないかと思います。

大きな体、太い腕、無精ひげ、低い怒鳴り声。そうした特徴を重ねれば、短い登場場面でも「この人物は危険だ」と伝えやすい。少なくとも私には、そんな海賊の姿がすぐに浮かびます。その描き方が繰り返されることで、海賊と男性が強く結びついていったのではないでしょうか。フィクションが海賊像を形づくってきたこと自体は、博物館の解説でも指摘されています。たとえば『宝島』とその映像化・舞台化は、義足などを備えたおなじみの海賊像を広めました。ただし、これだけで男性のイメージが強い理由をすべて説明できるわけではありません。

また女性海賊の記録が限られていることも男性中心のイメージにつながったのだと思います。ただ世界中のあらゆる時代を通じて女性が何割いたのかは不明です。記録に残った人数と、実際に海に出た人数が同じだったとも限りません。それでも当時の裁判記録を開くとそこには武器を持ち、火薬を渡し、海賊として裁かれた女性たちがいます。空想だと思っていた存在が、急に生々しい人間として見えてくる。その瞬間に、歴史を読む面白さを感じます。

海賊行為を格好よい冒険だけで片づけるつもりはありません。襲われた人々にとっては恐怖だったでしょう。それでも、「海賊は男の世界だった」というイメージだけで彼女たちの存在を見落とすのは、やはりもったいないと思うのです。

参考資料・出典

  • 『ジョン・ラカム船長およびその他の海賊たちの裁判』
  • 袁永綸『靖海氛記』
  • ヘロドトス『歴史』
  • サクソ・グラマティクス『デンマーク人の事績』
  • 『ヘルヴォルとヘイズレクのサガ』
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