馬の頭と胸、力強い前脚、そして魚や海獣を思わせる長い尾。ヒッポカンパスは陸上の馬と海の生物を一つの身体に結びつけた古代地中海世界の海馬です。
ところが現代の図鑑に載るような完成した姿が最初から一つの神話の中に説明されていたわけではありません。ホメロスの叙事詩では海上を疾走するポセイドンの馬として現れ、古代エトルリアの工芸品では魚尾を備えた混成動物となり、ローマ帝政期の文学では水かきのある蹄とイルカのような泳力まで与えられました。ヒッポカンパスの面白さは文章と図像のあいだを往復しながら少しずつ「海にふさわしい馬」へ変わっていったところにあります。
本稿では表記を「ヒッポカンパス」に統一します。古代ギリシア語名を音写した「ヒッポカンポス」複数形の「ヒッポカンポイ」と表記される場合もあります。

ヒッポカンパスとは
ヒッポカンパスの基本形は馬の頭部・首・胸・前脚に魚または海獣の胴と尾を組み合わせた姿です。背びれや胸びれが加わることもあり後脚は描かれないことが多い。上半身だけを見れば馬だが、身体の後半はうねる波のように巻き陸ではなく海を居場所とすることがひと目で分かります。
主な役割は海神の乗騎や戦車を引く動物です。とりわけポセイドンとの結びつきが強くのちには海の女神テティスなどを伴う海洋図像にも加わりました。また古代エトルリアでは墓室の壁画や骨壺、石棺にも姿を見せます。つまりヒッポカンパスは単に海神の権威を飾るだけでなく、海という境界を越えて何者かを運ぶ存在でもありました。
ヒッポカンパスは「海を進む力」を目に見える形にした図像として発達しました。荒波をものともせず走る馬の速さと魚やイルカの泳力。その二つを一体化することで、海神の移動を鮮やかに表現したのです。

※画像は実在しないイメージ壁画です
時代別ヒッポカンパスの変遷
1 ホメロスの時代―海の上を走る神馬
現存する古い文学的な出発点として注目したいのがホメロス『イリアス』第十三歌です。ポセイドンは海中の宮殿へ行き青銅の蹄と黄金のたてがみを持つ二頭の馬を戦車につなぎます。馬たちが波上を進むと海の生物がその下で戯れ、海は神を知って道を開き、戦車の車軸さえ濡れません。
ただしこの場面の馬は「ヒッポカンパス」と呼ばれず、魚の尾も記されていません。ここにいるのは海中に住みながら外見上は神々しい陸の馬です。完成した魚尾の海馬そのものではないが「ポセイドンの馬が海を疾走する」という後代の図像を生む、重要な文学的母体になったと読めますね。
2 前六世紀のエトルリア―魚尾を持つ姿の定着
魚尾のヒッポカンパスを実物資料で確かめられる例がJ・ポール・ゲティ美術館所蔵の琥珀製ペンダントです。前575~550年ごろのエトルリア製で馬の頭、首、前脚に巻いた胴と尾、波打つ背びれを備えています。わずかな大きさの装身具でありながら後世まで続くヒッポカンパスの基本形はすでに明瞭です。
同館の学術カタログによればこの主題はエトルリアでは東方化期に登場しアルカイック期に人気を得ました。前六世紀から前五世紀にかけて墓室壁画、青銅器、骨壺、石棺などへ広がり、とりわけエトルリアと南イタリアに多く見られるといいます。ホメロスが言葉で示した「海を走る馬」はこの段階では海の身体をまとった視覚的な混成動物になっていました。
3 古代地中海世界での展開―海神の随伴者から葬送の導き手へ
ヒッポカンパスは海神の戦車を引くだけでなくテティスをはじめとする海の神々や海洋生物とともに表されるようになりました。一方、エトルリアの墓に置かれた図像についてゲティ美術館のカタログが紹介する研究解釈ではヒッポカンパスは死者を海の向こうの来世へ運ぶ導き手と考えられています。
ここで「海を渡る力」は神の高速移動だけでなく、生者の世界と死者の世界の境を越える力へ読み替えられた。海馬という同じ姿が神話的な威容と葬送の希望を同時に担うようになったのです。
4 ローマ帝政期―全身が海に適応した馬
三世紀初頭ごろの著作ピロストラトス『絵画記』第一巻第八章はヒッポカンパスの変化を言葉ではっきり示します。著者はまずホメロスが描いた馬を青銅の蹄や黄金のたてがみを持つ「陸の馬らしい馬」と捉えます。そのうえで絵の中のポセイドンの戦車を引くものをヒッポカンパスと呼び水かきのある蹄を持ち、泳ぎに優れ、青い目をし、あらゆる点でイルカに似ると描写する。
ホメロスの神馬と後代のヒッポカンパスを、古代の著者自身が対比している点が重要である。海に住む普通の馬から、身体そのものが水中生活に適応した馬へ。長い時間をかけて進んだ図像の変化が、この短い文章に凝縮されている。

図像について―解釈と実在のタツノオトシゴとの関係
陸と海を一つにする身体
図像として読むならヒッポカンパスの前半身と後半身はそれぞれ別の世界を表しています。馬の頭と胸は速さ、力、気高さを示し魚尾やひれは海の深さ、流動性、未知の領域を示す。前へ駆ける馬の姿勢と後方で巻き上がる尾が組み合わさることで波を切って進む勢いまで一枚の像に収められます。
この構造は墓に描かれたときにはさらに意味深い。ゲティ美術館のカタログが紹介する葬送解釈に従えば、ヒッポカンパスは陸と海だけでなく生と死の境界をもつなぐ。戦車を引く動物という役割がそのまま魂を彼方へ運ぶ役割へ重ねられたのです。
タツノオトシゴは直接のモデルだったのか
実在のタツノオトシゴは馬を思わせる頭と巻いた尾を持ちます。ゲティ美術館の学術カタログも地中海に生息する小さなタツノオトシゴが古代のヒッポカンパスの姿に影響を与えた可能性を紹介している。馬のように見える頭部と湾曲する身体の類似は図像形成を考えるうえで重要な手掛かりになります。
しかしヒッポカンパスをタツノオトシゴの単純な巨大化として見るとその造形の豊かさを取りこぼします。古代の図像には力強い馬の胸と前脚、魚の尾、各種のひれが組み合わされピロストラトスの文章では水かきのある蹄とイルカの性質まで加わります。図像から読み取れるのは単一の生物の写生ではなく、タツノオトシゴ、魚、イルカ、そして馬から印象的な特徴を集めた「理想の海の乗騎」です。
琥珀の海馬が語るもの
ゲティ美術館の作品が琥珀で作られていることも興味深く、半透明に光る素材の中で巻いた尾とひれは水中の生物らしい揺らぎを見せます。同館のカタログではこの種の琥珀製品が護符的な意味を持った可能性も論じられています。身につけるほど小さな海馬に海の力や境界を越える守護が託されたと考えると、巨大な神獣と個人の祈りが一つの装身具の中で結びついて見えますね。

ヒッポカンパスの不思議―海が馬の身体に入り込む瞬間
私がヒッポカンパスに強く心をひかれるのは完成した姿以上にその姿が変わっていく過程です。
ホメロスの馬はまだ陸の馬の美しさを保ったまま奇跡のように海を走る。ところが前六世紀の琥珀を見ると海はもはや馬の足元にあるだけではありません。波そのものが馬の後半身へ入り込み長い尾とひれになっています。そしてピロストラトスの時代には蹄に水かきがつき、泳ぎはイルカに比べられる。馬が海を征服したのではなく海を受け入れることでヒッポカンパスになった―そんな変化に見えてくるようです。
さらに胸を打つのはその同じ身体が墓にも描かれたことです。荒々しい海を越える神獣が死者を彼方へ運ぶ導き手として見つめられました。速さや威厳だけでなく「向こう岸へ着ける」という願いまで託されていたのだと思うと奇怪な魚尾の馬が急にやさしい存在に感じられます。
ヒッポカンパスには陸と海、馬と魚、神の威光と人の祈りが同居しています。相反するものを切り離さず、一つの美しい身体にしてしまう。その大胆さこそ古代の想像力が残した最大の不思議ではないでしょうか。波間からあの巻いた尾が現れる図像を見るたびに、私は人間が未知の海を恐れるだけでなくそこを駆け抜ける夢まで描いていたことに、静かな感動を覚えます。
参考資料
- ホメロス『イリアス』第十三歌
- ゲティ美術館「Pendant: Hippocamp」
- ピロストラトス『絵画記』第一巻第八章

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